第4話
もうこうなったらこの狭く蒸し暑い待合室で明日の連絡船を待つしかない。
携帯の電波も無い、むしろ繋がったとしてたった一人の為に船が引き返してくれる保証が無いのなら、いっその事諦めてここで不貞寝でもしよう。
そう割り切って雨と涙に濡れた顔を拭うと、朱里は気合を入れる為に一つ深呼吸をした。
その時、待合室のドアをカリカリと引っ掻く微かな音がした。
ガラス戸に目をやると、そこには一匹の立派な黒いラブラドールが必死になって戸を掻いていた。
「おや?クロんぼ。どうしたんだい?」
オバアはどうやらこの逞しい前足を見せるラブラドールと顔見知りの様で、友人を迎え入れる様な口調で戸を開けてやった。
狭い待合室に入ってきたラブラドールは全身を細かく振って水滴を丁寧に飛ばす。
「ああ。冷たい」とオバアは若い娘の様な声をしてはしゃいでいたけれど、朱里にとってはこの上なく迷惑で眉をひそめながら飛んできた水をかわすように手を払った。
「カイさぁはどうした?また独りで来たんか?」
オバアが皺まみれの手を伸ばすと、ラブラドールは顔を上げて鼻先でその指の匂いを嗅ぎ回った。
「ダメだよ。お前は。そんな事してたら怒られちゃうじゃないか」
「大丈夫」
オバアの横顔を見ながらラブラドールと戯れるその手を見ていた朱里は、不意に聞こえてきた声に咄嗟に顔を上げた。
待合室のガラス戸を開ける、大きな男。
黒いTシャツとベージュの太いカプリパンツが日焼けした肌に良く似合うその男は、朱里やラブラドールと同じように全身ずぶ濡れで、潮で色あせた様な銅色の前髪を掻き上げた。
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