第2話 一本道の先へ

雑な扉に手をかけ、外の眩しさに目を細めた。明るすぎる水色に、細やかさのない白い雲。肌をなぞる風は心地よい。空にオレンジ色の何かがうかんでいる。円の周りに小さな三角ががぐるりと均等に並んでいる。たぶん太陽だろう。


目の前には、茶色い土がむき出しになった道が一本伸びていた。まるで、ここを歩けと言わんばかりに主張してくる。


「とりあえず、歩いてみますか」

「はい!どこまでもお供しますよ!」


俺と彼女は先日できた地割れを背にして、歩き出した。


「そういえば、異世界転生って。俺が居なくなったあと、どうなるんですか?行方不明とか、それとも死んでるとか」

「転生……?」


彼女はコテっと首を傾げた。俺も釣られてコテっと首を傾げる。


「ここは君の夢なので、君はすやすやベッドの中で眠っ……!!」


彼女は口を手で隠して、まずいと目を見開く。


「夢……?今夢って言いました?!」

「ゆ、夢みたいな場所ってことです!比喩です!」

「でも俺寝てるって…」

「ね、寝てて!魂だけ貰ったんですよ」

「じゃあ、リアルな俺って死んだんですね」

「死んでないですよ!そんなの悲しすぎます……」


彼女の必死さがどうにも怪しい。悲しんでいる様子はなんか本当っぽいので罪悪感がのしかかるのだが。というか、夢。夢ならさ……何でもかんでも説明がついてしまうのだが。


「……明晰夢か」

「な!なんでわかったんですか!」

「嘘つくなら最後まで通してくださいよ……」


彼女が肯定してしまったことで夢であることが確定してしまった。途端に背負っている最強の剣が重たく感じてきた。


「夢ですけど!君が創造主様であることは変わらないですし!ある意味異なる世界なので異世界です!」


彼女は理屈を捏ねて、異世界と創造主をゴリ押してくる。まぁ、そうとも言えるけど。なんというか、嘘でも異世界なら目が覚めるまで異世界だと信じ込んで楽しみたかったというか、ちょっとガッカリ感がある。だって頭の隅で、目が覚めたら仕事なのか……とか考えちゃうだろ。というか上司の顔思い出したわ。やれやれとしていれば目の前に上司が現れた。黒縁メガネに真ん丸な顔、ぶっとい眉毛に、細くて死んだ魚の目。涙ボクロまでついてら。あのヒゲの濃さからしてこりゃ、残業続きの時の感じだ。わっかりやすい深ぁく、大きな溜息が聞こえてきた。


「ハァジメくーん?この資料さぁぁ?」


ねっちょりとした喋り方に、手に持った資料。うわぁ、なんでこの人と資料のディテールだけ深いんだ。やめてくれ!反射的に「すみません」と返してしまった。


「創造主様!見えました!始まりの街リマジハです!」


彼女は俺と上司の間に割って入り、大袈裟に腕で街の方を指した。その明るく元気な振る舞いが俺にとっては救いだった。そうだこれは夢。今は仕事じゃないんだ。俺は上司から逃げるように始まりの街に向かって駆けていった。


「おい!ハジメくん!話はまだ終わってないぞ!」


そんな上司の声が遠くに聞こえた。街の中に入れば、こっちのもんだ。街の門は特に門番もなく、なんなら扉もなかった。遠くてみたちゃちいレンガは近くてみても感想は変わらない。色はどこかパキッとしすぎている。門の上にある街の名前を刻んだプレートなんかは、木の板でできており、明朝体のひらがなほられているせいで、異様さを放っていた。

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