第2話 アントワネット・マリー伯爵令嬢。

《何故、民を助けたいのですか》


 私が疑われるのも無理は無い。

 いえ、寧ろ疑って当然の事。


 私は母国への侵略を促す売国奴、1度の裏切りで済むと思うのは、あまりにも安易が過ぎる事。


「私は民の誰にも期待してはおりません、ですが子供には未来が有る。未来には期待しております、より良い未来に、私は期待しております」


 幾ら貧困者に金を配ろうとも、コチラの思惑とは別の動きをする。


 食料の補助金は主食や野菜に使われず、嗜好品へと流れ。

 栄養よりも味、味覚と言う名の娯楽へ流れ。


 果ては賄賂として使われる、個の利益のみが追求される事になる。


 勉学に於いても、そもそも教える者が教育の重要性を理解しておらず、時にサボり時に偏りを招く。

 それは親とて同じ事、直ぐにも成果が出なければ全く諦めるか、過剰に期待し子を歪ませ。


 その果ては、例え重職に就いたたとて、道徳心が欠けた有害な働き者となるのみ。


 このままでは芯を、根本を理解出来る者は僅か。

 けれど、そうした有益な者は国を出てしまう。


 評価が正しく行われず、愛国心が無意味となるなら。

 だれが国に尽くしましょう。


《過剰に落胆されているだけでは》

「民草なら、末端であれば許されましょう。ですが、その根腐れは深部にまで及んでいる」


《何故、そうお知りになり得たのでしょう》


 完璧な王妃では無かった。

 けれど、追い落とす必要は無かった。


 国を思えばこそ、私を追い落とす必要は微塵も無かった。

 けれど、家臣は止められなかった。


 あんな愚か者に容易く国を崩されてしまった。

 根本からして既に、崩れ易い状態。


 もう既に綱渡りだった。


 けれど、こうした内情を王太子妃でも無い私が知っている。

 それはあまりにもおかしな事。


 どうか、この言葉で誤魔化されては頂けないでしょうか。


「王太子妃をお知りになれば、ご理解頂けるかと」


 賢き者として、誤魔化すしか無い。

 私の言葉に疑いを持たれては、あの国は再び、燃え尽きてしまうのですから。




《何処の愚かな領主の事かと、改めて王族教育の大切さを思い知らされました》

《ふふふ、全く知らなければ、そう思っても無理は無いわね》

『だが、知った、お前は何を思う』


 怠惰国の情報は明るみに出て問題の無いモノのみ、開示されていたに過ぎず。

 現状は、あまりにも酷い有り様だった。


《何故、あの様な国を放置なさっていたのでしょう》


『何故だと思う』


 いつ滅んでもおかしくは無い状況。

 民は愚かにも不満を国へ向け、貴族は不満を向けられる事を当然とし、悪役を仕立て上げ一時的に溜飲を下げさせるのみ。


 そして王族は、お飾りに成り下がっている。


《悪しき見本、でしょうか》


『あぁ、そうだ』


《だけ、ですか》


『あぁ、そうだ』


 分からない。

 あんな国を放置していては良き来訪者様、星の子は呆れ、見放すか滅ぼすか。


《まさか、星の見定めに国をお使いに》

《では上手に演技の出来る者が、この国にどれだけ居ますか。コチラの持つ知恵以上を有してらっしゃる方を騙せる者が、どれ程居りますか。そして、悪しき来訪者様を操れる者が、どれだけ居りますか》


 怠惰国は、来訪者様の叩き台。

 そして周辺諸国にとっては、悪しき見本。


《でしたら彼女を、どうなさる》

『お前は、どうすべきだと考えている』


 侵略を行わなければ、いずれは民の鬱憤を抑えきれず内乱が始まり。

 王族は処刑、文化文明は民により焼き尽くされ。


 例え統治者が決まろうとも、直ぐにも首は挿げ替えられ。

 国として落ち着くまでは、50年は掛かるだろう。


 そして王族と言う名の指標を失った国は、果ては信仰と言う名の共通認識を失い、民意と言う名の勝手極まりない法により自らを縛るに至り。

 分裂を起こすか外部を敵と看做し、敵対の果ては孤立か、傀儡国となるか。


《侵略を行うべきであり、指針の1つに、使うべきかと》

『それだけ、か』

《まぁまぁ、まだジャンはモールパ次期侯爵となったばかり、それに結婚もまだなんですもの》


『お前は男色家か』

《いえ、相応しい方を相応しい者に沿わせている間に、時期を逃してしまったに過ぎません》

《はいはい、ウチの子達のお相手を見繕ってくれた事には、確かに感謝するわ。けれど、だからこそ次はアナタがお手本となるべきだ、とは思わないかしら》


《王妃様もまた、ご賢明であらせられます》

『アレの事はお前に任せる、期待を裏切ってくれるな』


《御意》




 つまりは口説き落とせ、懐柔しろとの命も受けた、と解釈したらしいが。


『何で俺に?』

《私が口説き落とすには立場上無理が有る、だが誰かしらのモノになれば、他の者も安心するだろう》


『多分、王妃様のお考えは違うと思うけどね。ジャンにも相手を、それだけだと思うよ』


《無理が有り過ぎるんだが》

『何で』


《例え好意が無かろうとも、あの女史は婚姻を呑むだろう、それ程に肝が据わっている。仮にだ、そうした手を使う低俗な国、そうした者として認識されるにはあまりに損が大きい》

『上位の者には上位者としての相応しい扱いを、相応しい者を宛がうべきだ、で俺』


《人に取り入るのは上手いだろう、出来れば友人となり情報収集を行って欲しい》

『男に耐性の有る来訪者様ならまだしも、この国の、まさか宿星』


《あぁ、私はそう考えている》

『成程』


 そもそも、来訪者様とは、ココとは異なる世から突然に現れる者を指し。

 善き者は星の子、悪しき者は星屑と称される。


 そして宿星とは、宿命を既に宿した星。

 既に世を知る者、転生前の記憶を宿した者を指す。


《ただ、明けの明星か、宵いの明星かは分からない》


 宵いの明星とは、善き転生者を指し。

 明けの明星とは、悪しき転生者を指す。


 この世を闇とする者か。

 陽を灯す前触れとなる者か。


『勘は』

《宵いだが、宿星となれば上手だろう事に疑いの余地は無い、勘は当てにならないだろう》


『だとしても、俺は次期宰相でも何でも無い、ただの次期騎士爵。繋がりを作るには』

《案内の際、私の友人として紹介する、良ければ娶ってやってくれ》


『俺に選ぶ権利は』

《選べるのか、基準の緩過ぎるお前に、互いに相応しいと思う相手を》


 幼い頃に適当に相手を決めてしまったせいで、とんでもない相手に成長してしまい、その尻拭いをジャンにもして貰った為に。

 今でも、全く頭が上がらない。


 と言うのは建前。


《そうですね》




 当然、私は城に留め置かれる事となり。

 改めて違いを思い知らされた。


 我が国では、侍女は表情を崩さぬ者こそ、最も優秀であるとされている。


 けれどココの侍女は、時に愛想笑いを浮かべる。

 最初は嘲笑いかと思ったけれど、誰しもが去り際に微笑みを浮かべ、冷たさを感じさせず親近感を湧かせる。


 そして扱いは勿論、態度も一律。

 媚び諂う事も無く、一定の距離を保ちながらも、提供されるもてなしに過不足は無い。


 コレこそ、教育の賜物。


《お嬢様、どうかしら》


「お止め下さい、めが」

《私は今ルイーズ、アナタの侍女、誰かに何かを見られて困るのはアナタよ》


「はい」


《ココは随分と違うわね》


 その言葉へ何かを返すよりも先に、ドアがノックされた。


《失礼しても構いませんでしょうか》


 声の主は見張り役であり補佐とされている、モールパ次期侯爵。


『お通し下さい』

《はい》


 女神様を顎で使うなど、本来あってはならない事。

 けれど、女神様は。


《失礼致します》

『どうぞ』


《お邪魔致します》


 礼節を弁えた次期宰相候補。

 なのに何故か、結婚してらっしゃらない。


『どの様なご要件でしょうか』

《現時点で、何かご不満は有りますでしょうか》


 コレは、私は試されているのでしょうか。

 何か、不満を持つべき点が有った、と言う事なのか。


 若しくは、どれだけコチラが落ちぶれているのかの、確認か。


「侍女の教育も素晴らしく、過不足無く、十分に過ごさせて頂いております」


《では、向こうでは、どうでしたでしょうか》


 あぁ、どれだけ不出来な国かのご確認でしたか。


「態度ももてなしも一律に行えず、側妃となるべく画策する者、それらに協力する者が存在し。有能なれど気に入らない者を排除し、国の益を考えず利己的な行いをし、周囲もまたそれらを許してしまう」


 向こうでは陰湿な虐めは勿論、私利私欲に走る者が多く。

 中には側妃になろうと企み、時には成功させた者さえ居た。


 それが最初にやり直す前の、王の側妃。


《何故、その様になったとお考えですか》


「全ては教育かと」


 金は使えば減る、決して苦も無く無限に湧き続けるモノでは無く、王族の血肉は民の血税。


 敬いを忘れては、いずれ敬われる事は無くなり、果ては遺棄される事になる。

 礼節、道徳、立場の差異の必要性。


 それらを無くせば無法地帯となってしまう事は道理。

 けれども道理の基礎を知らなければ、人は獣以下となる。


 その事すら、学の無い者、大局の見れない者には分からない。


《ご不満が有れば、いつでも仰って下さい》

「はい、ありがとうございます」


《では、失礼致します》

「はい」


 もし不満が有るとするなら。

 何も不満が無い、そうした部分でしょう。

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