第3話 フェリポー・ジャン=モールパ次期侯爵、次期宰相。
間者の様な私に、予定は知らされてはおらず。
今朝、急に城内を案内する、との申し出だけが伝えられ。
城内の案内役は、見張り役であり補佐とされている、モールパ次期侯爵が執り行い。
再び、私は差異を理解するに至った。
『第13近衛騎士団副団長、マクシミリアン・ロベスピエールと申します、どうぞ宜しく』
彼だけが跪いた為、私は思わず手を差し出した。
けれど彼は。
「私の様な者に、ハンドキスは」
《ご覧の通り軟派者です、どうぞ気になさらないで下さい》
『いえいえ、是非気になさって下さい、その為のハンドキスなのですから』
思わず国の体制を疑ってしまった。
けれども騎士団を見回った後、第1近衛騎士団長からのご挨拶により、彼はとても例外的な行動に出た事を理解した。
「申し訳御座いません、アレをどの様に罰しましょうか」
「いえ、私の緊張を解そうとしての事かと、どうか厳しく罰せられない事を望みたいのですが。この国では、どの様な罰が妥当なのでしょうか」
「お許し頂けるのであれば、素振り500回が妥当かと」
「あの、お仕事に支障が出るのでは」
「13騎士団に回る仕事は殆ど皆無、ですがご配慮を無碍にするワケには参りません、素振り300回としておきましょう」
「であれば、もう一声」
「左様で、では100回とし、残りはアントワネット様の護衛として働かせましょう」
「いえ滅相も」
「コレが騎士団なりの、アナタへの評価です」
それは、下に見られている、と言う事なのかどうか。
全く分からない。
仮にも近衛。
皇帝の忠臣の1人。
更に上位者であれば、数字が評価通りなら。
最下位である13騎士団の副団長、最低限の評価しかしていない事になる。
王侯貴族は、舐められては終わり。
けれども、私に評価する事は。
《アレが気に入らなければ変えさせます、どうぞ遠慮なさらずお受け取りを》
変え、とて精々13騎士団の騎士団長。
いえ、されど。
いいえ、私が拒否しては、きっと本当に500回も素振りをさせられてしまうかも知れない。
無知な私に受け取りの損は無い、恩を売るにも、内情を知るにも気安い者の方が良い。
「分かりました、ありがとうございます」
彼女は予想通り、謙虚で控え目な女性を貫き通し。
本来であれば遠慮すべきであろう場所へは立ち入らず、堂々と挨拶をして回った。
「地味な外見だが胸は良かったな」
《騎士団長》
『ありゃ良い女だな、足首の締まりが良かった』
《料理長》
「硬いぞジェロームの息子」
『そうだぞ、それでは勘が鈍くなるばかりだ』
《アレに勘が働くとお思いですか》
「否、だが疑うばかりでは事は進まないだろう」
『バルテルミーの息子に
《ですが》
『嫌に避けるな』
「あぁ、幾らでも頭を使えば何とかなるだろう、それとも飲み込まれるのが恐ろしいか童貞」
《甘く見た者の末路はご存知かと》
「甘く見積もらなければ済む事だ」
『色恋の本質を真に分からなければ、王太子達への以降の助言は、難しいと思うぞ童貞』
《機会が有れば善処致します》
『言ったな、ジェロームにしっかりと伝えておいてやる』
「あぁ、だな」
父は今、視察と言う名の旅行に母と共に出向いている。
全ては後進を育てる為、真っ先に私がその先駆けとなった。
その矢先に、こうした問題が降り掛かるとは。
神々はさぞ楽しんでらっしゃる事だろう。
《そうね、ふふふ》
「ルイーズ、一体」
《何でも無いわ、さ、もうお休み下さい》
「いえ、まだ学ばなくてはいけない事が」
《体調を慮れない侍女を、ココは素直に添え置く場所かしら》
「いいえ」
《アナタの悪い癖は、睡眠を疎かにする事、どうしても学びたいのなら起きてからになさい》
「はい、申し訳御座いません」
《いいのよ、ふふふ》
今の私の名は、ラボルド・ルイーズ。
真名はアシュタロト。
嘗ては女神だったとされる、悪魔。
けれど今の私には、女神としての欠片は殆ど無い。
私は人を愛している。
だからこそ、神性を捨て悪魔となった。
人々に寄り添う為。
愛する為に。
「おやすみなさい」
《はい、おやすみなさいませ》
今の私に神々の思惑を知る事は出来無い。
けれど、確かに彼の言う通り、神々は喜んでらっしゃる事でしょう。
『おはようございますアントワネット様、温情を頂けました事、感謝のしようも御座いません』
「どうか最敬礼だけはお止め下さい、私は売国奴、国を」
『民を思っての事だとお伺いしておりますよ、アントワネット様』
生娘だったなら、さぞ浮かれただろう。
権威有る近衛騎士団の副団長に、さもこうした無垢なる笑顔を向けられたなら、さぞ心が沸き立つのだろう。
けれど私は、傍目は16であれど、中身はもう子育てを終えた老女。
幾度ものやり直しの果てに、やっと滅亡を認められた愚かな老女。
「きっと、アナタのお嫁様となる方は、さぞ幸運に包まれます事でしょう」
私の中身は老い、もうこのやり直しが最後の機会だろう。
私は悪魔では無い、永久を無傷で生きる術を知らない者。
あの無限にも思える時間を幾度も繰り返し、私は経験や知識と共に、心も衰える事を知った。
心とは老い、衰えるもの。
そしていつしか、朽ちるもの。
『確かに難しいお立場ですが、アナタはまだお若い』
「いえ、もう。どうか愛想は良き方へ、善なる方へお向け下さい、私には勿体無い事ですから」
幾度ものやり直しの中、私は私自身の愚かさを知った。
そして、未だに愚かさに打ちひしがれている。
王の寵愛など気にせず、直ぐにも教育の底上げの重要性に気付くべきだった。
そもそも、あの国はダメだと気付くべきだった。
何故、あの程度で王妃として胸を張っていたのか、と。
立て直し、やり直せると思っていた浅はかさを恥じている。
例え国のせい、親のせいであれ、私の愚かさに変わりはない。
何度やり直そうとも、この国の者には微塵も及ばない事を、常に眼前に突き付けられているのだから。
『一筋縄ではいかないかもね』
《何故だ》
『何かしらの心の傷を負っている事を、俺達は想定してたかな』
《いや、そうか》
『愛想を冷めた目で眺められた後にお世辞を言われて、見事に断られた』
《軟派が過ぎただけじゃないか》
『節度は守ったよ、ただ何の経験も無く達観してる様な断り方やお世辞じゃなかった、もっと言うと祖母に褒められた様な感覚だったよ』
《そうか、確かに外見に惑わされていたらしい》
『いっそ弟的な立場になろうと思う』
《あぁ、その方が良いかも知れないな》
『けど口説く者が居なくなる』
《手練れなら、どの道長期戦だろう、私が適した相手を探る間の相手をする》
『ヴェルニョ侯爵とラファイエット侯爵から、せっつかれたらしいね』
《あぁ、流石だな》
宿星であるなら、外見とは異なる中身を持っていて当然の事。
しかも既に長い人生を歩んでいたとなれば、時に達観し、枯れ果ててしまっていてもおかしくは無い。
想定すべき事を、判断の後回しにしてしまっていた。
流石先達は先見の明がお有りだ。
「あの、何か」
《アレが、マクシミリアンは私の友でもあります、何かご迷惑をお掛けしてはいないかと伺いに参りました》
「いえ、礼節を守った作法をして頂いているかと」
《アレでもマクシミリアンは童貞ですので、もしご不快であったなら、どうぞ子女について手厳しく教えてやって下さい》
「もし私の様な者の言葉を聞き入れて下さるなら、はい、喜んで」
こうして気配りも出来る方が、何故ご結婚を。
もしかして、私と同じ様に人生を。
いえ、もしかすれば星の子でらっしゃるのかも知れない。
ココで初めて知った言葉。
星の子、来訪者様。
そうした方なのかも知れない、であれば相手を探す事はさぞ難しい事でしょう。
こうした愚か者が諸外国に居るのですから。
《何か、ご質問が御座いましたら、いつでもお答え致しますが》
「男色家なのですか?」
《いえ》
「では、理想の方が見付からないのでしょうか」
《いえ、ですが既に譲るべき相手を知って居りますので、我欲を禁じていたまでです。私の学生時代の仕事は、各貴族の良縁を結ぶ事、でしたので》
「まぁ、大変立派でらっしゃるお仕事を。本当に、申し訳御座いません、この様な女の相手をさせてしまい」
《いえ、ご心配には及びません。アナタは売国奴では無く民を思う上位貴族として歓迎されています事を、改めてお伝えさせて頂きます》
この言葉に偽りは無さそうに思える。
けれど、彼はもしかすれば私と似た者かも知れない。
この言葉にも、試す真意が隠されているかも知れない。
あまりに愚か者と思われたくは無いのです。
愚かだからと、燃やし尽くされる事だけは耐えられ無い。
「ご厚意にお答え出来る様、精進させて頂きます」
そして、未だに恥を捨てきれない愚か者なのです。
どんな辱めを受けようとも、蔑まれようとも、愚か者の烙印だけは許せないのです。
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