4.勇を待ち受ける運命
「――……殿下。畏れながら、早速ではありますが、私に登城を求められたのは、例の異世界の戦士についてとの事ですが……」
ケリーの問いを受け、アーノルドは神妙な顔付きで答えた。
「うん……。今回、召喚されたイサム・カジロ殿は、強く帰還を望まれているのだが、我々は、どうしても彼の力を借りたいと思っている。この四年間で異世界の戦士を喚び出す事が出来たのは、今回が初めてと言う事もあり、何の協力も得られずに帰還させてしまうのは不味いんだ。どうにか戦闘技術の伝授だけでも願いたいのだが、私の話は聞いて頂けそうにない。そこで、我が国随一の騎士、ケリー侯爵に説得を願いたく登城して貰ったと言う訳だ」
アーノルドの説明を受け、ケリーは納得した様子で息を吐いた。
「異世界の戦士の説得には、同じ境遇である騎士に……と言う事ですな」
「その上、普段は皇城や首都に居ない者であれば、イサム殿も話を聞いてくれる気になるのでは無いかと思ったんだ。……今、皇城の中を出入りしている者達の中には、イサム殿に対して心ない言葉を言う者が多い。いっそ元の世界へ帰してしまえ、と言う意見も多くてな……」
困った様子で溜息を吐くアーノルドに対し、ケリーは疑問符を浮かべ問う。
「殿下。異世界の戦士であるため帰すのが惜しいと言うお気持ちは理解できますが、何故、帰してしまわないのですか? そこまで協力を拒否されているのであれば、臣下達の意見を聞き、帰してしまった方が殿下にとっても良いのでは?」
いくら初めて喚べた異世界の戦士であっても、断固として協力を拒否し、
帰還を望んでいるなら帰してしまった方が、アーノルドの心労は少なくなる筈だ。
その思いでケリーはアーノルドに帰してしまわない理由を問うた。
すると、アーノルドは神妙な顔付きで答えた。
「今、帰してしまったら、イサム殿は元の世界で死ぬかもしれない」
「……と、言いますと?」
更なる説明を求めるケリーにアーノルドは言葉を続ける。
「召喚時のイサム殿は泥と土に塗れ、足を負傷した状態だった。恐怖に染まった表情や、自分で舌を噛み切ろうとした事から、元の世界で極限状態に置かれていたのだろうと、私は推定している。帰還魔法は召喚時に転移者を帰す魔法だ。つまり、イサム殿は再びその極限状態に戻されると言う事。それも……こちらの記憶は全て失った状態で、だ」
アーノルドの答えを聞き、ケリーは少し思案してから言う。
「……転移者本人に、その事は告げられたのですか?」
ケリーの問いにアーノルドは苦しげに顔を顰めながら答える。
「イサム殿の
つまり、勇は元の世界に戻れば先ず死ぬだろうと言う事を聞かされていないまま、帰還を望んでいると言う事になる。
それでは話が堂々巡りする訳だ。とケリーは納得した。
それにしても異世界人に対して、殿下がここまで情を移されるとは何があったんだ? とケリーは思う。
戦争が始まってからの四年間でアーノルドは異世界人召喚の責任を持ちながら、事務的に異世界人を召喚してきていた。
異世界人の存在は、アロウティ神国やイモンディ・ルアナ全域の発展を促す物であり、皇帝陛下が必要と判断されれば幾度も召喚の儀式を行う。
今回は戦争の状況を打開するための存在を欲した皇帝陛下の命により、四年もの間、召喚の儀式を繰り返してきた。
これまでに召喚されてきた異世界人の殆どは、魔法の概念に理解があったり、異世界の存在に寛容であったり、むしろ元の世界への未練など感じさせない異世界人ばかりだった。
中には、やっぱり帰りたいと言い出す異世界人も居たが、召喚された瞬間に戻されると聞いて帰還を諦める事の方が多かった。
それでも帰りたいと言う異世界人は丁重に帰還魔法で、元の世界へ帰していたのだが……。
その一連の流れの管理をしていたアーノルド殿下は、異世界人との交流をそつなくこなし、実に好意的に事を運んでいた。
しかし、それは、どの異世界人にも平等に接していたから出来ていた事であり、これまでアーノルドが異世界人に対して、特別な感情を持った事は無かった。
そんなアーノルドが、帰して欲しいと強く願う異世界人に対して、希望を断つ事をしたくないと言っている。
何の心境の変化があったのか気になり、ケリーはアーノルドに問う。
「その転移者……イサム・カジロと何かあったのですか?」
ケリーの問いを受け、アーノルドは目を泳がせてバツが悪そうにして答えた。
「その……イサム殿に「お前達が欲しがっているのは、自分達の代わりに血を流してくれる人形だろう」と言われて……こう、ズシン、と……」
勇の言葉を代弁しながら落ち込んで深い溜息を吐くアーノルド。
答えを聞いたケリーは声を上げて笑った。
「はははっ! なるほど! 図星を突かれて痛い思いをした訳ですな!」
「笑い事では無いだろう、ケリー侯爵……」
むっとしながら小さく文句を言うアーノルドの顔を見て、ケリーは笑いながらもどこか達観した表情をして言った。
「いやいや、おっしゃる通り、笑い事ではありませんな。そう言って、イサム・カジロは心を閉ざしてしまっているのでしょうから。しかし、騎士とは本来そう言うものです。誰かの代わりに血を流し、肉を切り、骨を断たれながらも、敵に対峙するのが役目です。そして、今、我々アロウティ神国騎士団は、国の為、国民の為に血を流しております。我が国の皇族のお一人で在らせられるアーノルド皇太子殿下には、それくらいで動揺されてしまっては困りますな」
ケリーからの忠言を受け、アーノルドはハッとなり顔を引き締めた。
「すまない」
不甲斐ない事に対してアーノルドが謝罪すると、ケリーは大らかに笑った。
「はっはっは! いやいや、その冷血に成りきれない所が殿下の良い所です」
自身の憂いを笑い飛ばしてくれるケリーに釣られ、アーノルドも微笑んだ。
アーノルドに笑顔が戻った事を確認してケリーは言う。
「それでは、私は異世界の戦士がどの様な男か気になりますし、早速イサム・カジロと話してきます」
「うん、頼んだ」
ケリーの言葉を聞き、アーノルドは安堵した様子でケリーを見送った。
アーノルドの書斎を出たケリーは、アーノルドの側近から勇が居る客室の場所を聞いて向かった。
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