3.ルイス・ケリー侯爵


――……二週間後。

アロウティ皇城内では召喚された異世界人、神代 勇に対する不満が募っていた。

廊下を歩く召喚儀式に参加した魔術師が困った様子で言葉を交わす。

「――……もう何日になる?あの異世界人が召喚されてから」

「十日とちょっとではないか?未だに協力を拒んでるそうだな」

「はぁ、やれやれ……。この四年間で召喚した異世界人の中で、一番の外れではないか」

ため息を吐きながら、勇に対する不満を漏らす。

「しかし、異世界の戦士を喚び出せたのは、四年間の内でも今回が初めてだ。何とかして協力させられないものか……」

「「帰せ」の一点張りなのだろう? いっその事、本当に帰してしまえば……」

そこまで言って、前から歩いてくるアーノルドの存在に気が付き、二人はアーノルドに道を開けた。

魔術師達は頭を下げながらアーノルドが通り過ぎるのを待ったが……。

「……今の話、くれぐれもイサム殿には聞かれない様に注意しろ」

アーノルドは足を止めて魔術師二人にそう声をかけた。

先ほどまで話していた内容についての指摘だと気が付き、魔術師達は肩を震わせる。

「! っ、はっ……」

皇太子直々の指摘を受け、二人の魔術師は冷や汗を流しながら返事をした。

頭を下げたままの魔術師から視線を外し、アーノルドは目的地に向かって歩き始める。

アーノルドを見送った魔術師二人は声を潜めて言った。

「皇太子殿下は〝また〟今日も行かれるおつもりなのだろうか……?」

「異世界人に殴られたと言うのに、何と責任感がお強い……」

勇に対する心象が悪い中、健気に毎日、勇の説得に奮闘するアーノルドに対する評価は徐々に上がっていた。

アーノルド本人はその評価を受け入れ難いと思っているとも知らずに。

召喚時に負っていた傷は治療され、暴走も落ち着いたと見られた勇は、皇城内の客室に案内されて以来、一切部屋から出ていなかった。

勇が居る客室の扉の前に立ち、アーノルドは一呼吸置いてから側近に目で合図を送る。

「アーノルド皇太子殿下のお越しです」

側近の言葉の後、客室の扉が開きアーノルドは部屋の中へ歩を進めた。

部屋へ入ると勇が上半身裸の状態で腕立て伏せしていた。

アーノルドの姿を確認して直ぐに立ち上がり、側の椅子に掛けていた肌着で汗を拭き、そのまま着る。

召喚されて以来、勇は誰との交流も望まず、部屋からも出ないで体を鍛える事を繰り返していた。

ただ、アーノルドだけは毎日同じ時間に訪れてくる為、その度に勇は煩わしそうに対応する。

話しかけるな。と言う空気を纏う勇にアーノルドは意を決して笑顔で話しかけた。

「こんにちは、イサム殿。本日は……――」

「いつだ」

アーノルドの言葉を遮り、勇が言葉短く尋ねる。

お前の話を聞くつもりは無い。と言いたげな目で、元の世界へ帰還できる日取りについて勇は今日も聞く。

毎日訪ねてくるアーノルドに、毎日同じ問いを投げる勇。

その不毛なやり取りを繰り返している様では、お互いの距離が縮まる訳もなく、日に日に勇の警戒心は高まっていっている。

「……帰還の魔法陣を起動させる為には、召喚の魔法陣を起動させるのと同じだけの日数を要しますので……」

沸々と勇からの怒りや警戒心を感じ取りながらも、アーノルドは同じ答えを言うしかなく、今日も同じ事を告げた。

相も変わらない答えが返ってくる事に苛立って勇は怒鳴る。

「だから! とっとと、その帰還の魔法陣とやらを起動させる準備に取り掛かればいいだろう!! 同じ日数かかると分かってるなら、準備を始めた日から数えて何日後になるか分かる筈じゃないのか!? くだらない時間稼ぎして、俺をいつまでこんな訳の分からない世界に留めておくつもりだ!?」

勇の頑なな拒否にアーノルドは苦しげな表情を浮かべ口を閉ざす。

顔を付き合わせれば怒鳴られ続ける毎日にアーノルドは困り果てていた。

それでも、貴重な異世界の戦士をただ帰してしまっては、それまでに掛かった苦労は水の泡となってしまう。

その上、何よりもアーノルドの頭を困らせているのは……――




結局、散々怒鳴られた後になって、出ていけ。と言われてしまい、アーノルドは大人しく引き下がって客室を出た。

大きな溜め息を吐いて自身の書斎へ引き返そうとする途中。

「アーノルド皇太子殿下」

呼び止められ、声のする方を見ると待ち望んでいた人物がそこに居て、アーノルドはパッと顔を明るくさせた。

「ケリー侯爵!良く来てくれた!」

「皇太子殿下の御呼びとあらば、当然駆けつけますとも」

アーノルドの歓待を受け、ルイス・ケリー侯爵は大らかに笑って応えた。

「急がせてしまったみたいで悪かった。ただでさえケリー侯爵には負担をかけてしまっているのに……」

申し訳なさそうに眉を下げるアーノルドを見て、ケリーは憂いを吹き飛ばす様に笑い声を上げた。

「ははは! いやいや! 負担などとんでもない! 今回はたまたま近くにいたのですよ! いやぁ、領地に戻る前に便りを受け取れて幸運でした。領地からではこうはいきませんからなぁ」

しみじみとしながら言うケリーを見て、アーノルドはホッとして笑う。

「あははっ、そうか。それなら、私にとっても幸運と言えるな」

そうして、暫くの間立ち話をした後、アーノルドはケリーを伴って書斎へ戻った。

アーノルドは書斎の椅子に座り、ケリーには椅子に座る様に促そうとしたが、それよりも先にケリーが話を切り出してしまった。

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