2.アロウティ神国の危機


運び込まれた医務室らしい場所で、医者だと名乗る老夫に挫いた足に手を当てられた。

暫くして……。

「……治療は完了しました。足の具合はどうですか?」

文字通り、手を当てられただけで治る筈がないだろう。

……と内心で文句を言いながら、足をぐるりと回すと、まるで痛みを感じない。

元々、足など挫いていなかったかの様に自在に動かせる。

もしかして……俺は死んだのか?

ここは、あの世なのでは……。

それにしては、あの世の人間が西洋人の様な見た目をしているな……。

その癖、流暢に日本語を喋っているし……。

さっぱり訳が分からん。

医者の言葉に答える事なく考えを巡らせていると、皇太子と呼ばれていた男が医務室に入ってきて声をかけてきた。

「突然の事で混乱されているでしょう。私から貴方に起きた事を説明させて下さい」

情けなくも眉を下げつつ、人の好さそうな笑顔を浮かべながら皇太子は言った。

俺は何の返事もせず、皇太子を見定める様に睨みつける。

すると、皇太子は先ず軽く頭を下げながら自己紹介してきた。

「私の名前は、アーノルド・ルーナ・アロウティと申します。ここアロウティ神国の皇太子であり、皇帝陛下の命により貴方を我が国に召喚するための儀式の責任を担っています」

「……儀式?」

胡散臭い言葉に眉をしかめるとアーノルドは事細かに説明し始めた。


神代 勇は、イモンディ・ルアナと言う世界のアロウティ神国と言う場所に、

召喚の儀式で喚び出されたらしい。

この世界には魔法と言う神通力のような概念が存在しており、この世界の創生神であり唯一神である女神ティアナから授かった魔法陣で、俺を喚び出したとの事。

その召喚の魔法陣を使い、十数名の魔法使いが何日にも渡り魔力を注いで、イモンディ・ルアナとは別の世界……異世界から人を喚び出す。

喚び出された人間をここでは〝異世界人〟あるいは〝転移者〟と呼び、敬意を払って〝英雄〟と呼ぶ事もあるそうだ。

過去のアロウティでも幾度も異世界人を喚び出し、この国を取り巻く困難に力を貸して貰っていたらしく、今回も異世界人の力を借りるべく召喚の儀式を行った。

そして、肝心の俺が喚び出された理由と言うのが……。

「――……現在、我が国はサザギミ王国と言う、西方の国と戦争しています。……と言っても、サザギミ王国が一方的に我が国を敵視しており、攻撃を先に仕掛けて来たのもサザギミ王国でした。サザギミ王国は我が国そのものを手中に収めるべく、海を船で渡り我が国に侵攻しようと企んでいます。既に戦争が始まってから四年の月日が流れました。サザギミ王国軍の侵攻により、我が国は人も土地も消耗しきっています。このままでは我が国はサザギミ王国の手に落ち、国土と国民達が蹂躙されてしまう」

悔しげに語るアーノルドは俺を真っ直ぐ見てから、腰を折って頭を深く下げて言った。

「異世界の戦闘技術を会得した貴方様ならば、我々とは違う戦術を取れる筈。お願い申し上げます。どうか、我々に力をお貸し下さい!」

喚び出された理由を聞かされ、この国の皇太子を名乗る男に頭を下げられた俺に湧き上がった感情は、同情心や正義心などでは決して無かった。

「断る」

短く答えると、アーノルドは思っても見なかった答えだと言いたげな顔をして俺の顔を見た。

願いは受け入れられるのが当然だと思っていた様だ。

その阿呆面を見て、腹の底から沸々と怒りが湧いて出てくる。

「何故、俺がこの国の為に命を賭さねばならない。俺は母国の為に……故郷の家族の為にこそ命を張っていたんだ! 勝手に俺を喚び出しておいて、縁もゆかりもない国の為に戦えだと……!? ふざけるな!!」

怒りの勢いに任せて、俺はアーノルドの襟首を掴み上げた。

「今すぐ、俺を、日本に……元の世界に帰せ!!」

「っ……!」

襟首を締め上げられ苦しげに顔を歪めるアーノルド。

俺の反抗に不満そうにも見える顔に益々怒りで顔が熱くなる。

相手がこの国の皇太子だろうと、皇帝だろうと、今の俺には関係ない。

訳も分からぬ場所に喚び出された先で、命を賭けろと言われて怒りを覚えない人間が居ると思ったのか!?

俺の行動を咎める医者の老父の言葉に反応し、見張りで医務室前に立っていたらしい兵士達がアーノルドから俺を引き剥がす。

咳き込むアーノルドに対し、兵士に羽交い締めにされながら俺は叫んだ。

「何が異世界人だ! 何が英雄だ!! お前達が欲しがってるのは、救世主じゃなくお前達の代わりに喜んで血を流す人形だろう!!」

俺の叫びを受け、アーノルドは酷く傷付いた顔をする。

それが益々俺の怒りを刺激する。

俺は兵士達の羽交い締めを振り払い、アーノルドに殴りかかった。

一発顔を殴り、二発目を叩き込む前に再び兵士達に羽交い締めにされ、その間にアーノルドは医者と共に部屋を出て行った。

アーノルドの姿が見えなくなると同時に、俺はその場で脱力する。

抵抗の意思が無くなったと見たのか、兵士達は俺から手を離し部屋を出て行った。

皇太子を殴ったからには牢獄行きだとでも思ったのに。

俺はこの時、文字通りの自暴自棄だった。

死んだと思ったら違う世界に強制召喚され、その世界でも戦う事を求められるなんて受け入れられない。

生きているなら日本へ帰りたい。故郷くにに帰りたい。

家族に会いたい。恋人に会いたい。仲間達に会いたい。

……何故、元の世界で死ねなかった。

訳も分からない世界で死ぬ事を強制されるくらいなら、元の世界で死ねていれば、亡骸だけでも故郷へ帰れたかもしれないのに。

何故、咄嗟について出た言葉があれだったんだ。俺だって中隊長達と共に、生きて逃げたかったのに。

何故、あの時足を挫いたんだ。あれだけ厳しい訓練を重ねてきたのに。

何故、召喚されたのが俺なんだ。

……中隊長なら、きっと、この国も救おうとしただろうに……――

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