一章 異世界召喚完了

1.英雄《神代勇》の物語の始まり


「――……必ず助けに来る!」

切羽詰まった表情でそう言った前田中隊長の背中が遠ざかって行く。

負傷者まみれになり、足を挫き倒れ込んだ俺の救助に入れる余裕もない仲間達を見て、咄嗟に出た言葉は「先に行って下さい」だった。

敵軍の砲撃の衝撃で片足を失った同期の斉藤を担いで走っていた中隊長の足を引っ張りたくは無かったから。


――……あぁ。俺は、ここで終わるんだな……。


遠くで聞こえる砲撃や射撃の激音を取り残された戦場で聞き、徐々に死への恐怖が湧き上がってくる。


――……嫌だ。終わりたくない……!


中隊長の理念である「死なない中隊」の一人として、生き残って故郷へ帰りたかったのに。

戦争が終結したら、故郷へ残してきた幼馴染の優子と結婚するつもりだったのに。

神代家の神社の後継ぎとして生きていくはずだったのに……!


遠くで大きな土埃が上がるのが見えた。

少しでも逃げようと中隊長達が走って行った方向に這いずる。

徐々に、確実に、激音が近づいてくる。

どうあっても、死から逃げられない。

閃光で目の前が真っ白になっていく。


――……あぁ……神よ……!




「おぉ!成功だ!」

「我らの英雄が召喚されたぞ!」

「これで我が国は救われる!」

聞き慣れない声の数々に、俺は恐る恐る目を開いた。

「――……!?」

見慣れない色の頭髪。色素の薄い目。怪しげな外套に身を包んだ者達。

俺が倒れている床には訳の分からない大きい模様が書かれていて、まるで西洋の儀式場を思わせる場所だ。

「ここは何処だ!?お前達は……!?」

……まさか……俺は敵軍に捕まったのか!?

あの閃光で気を失い、敵軍の施設に連行されてきたのか……!?

この場所は、敵軍が用意した拷問場所なのか!?

俺は、捕虜になったのか……!?

俺を取り囲む連中がニヤニヤと笑いながら近付いてくる。

代わる代わるに何か言っているが、まるで耳に入ってこない。

嫌だ! 敵軍の捕虜になるなど生き地獄だ……!

拷問に負けて母国を裏切る真似などしたくはない!

死にたくはない! 殺されたくない!

だが……!

俺は目の前の地獄から逃れるため、決心して思い切り口を開け舌を突き出した!

これが、俺の最期の任務だ……!

「――……いけない!!」

躊躇なく歯を剥いて舌を噛もうとした瞬間、人の腕が目の前に現れた。

「くっ!!」

俺に自分の腕を噛ませた男は苦痛に眉をしかめながら言う。

「……私たちは、貴方に危害を加えるつもりはありません。どうか、落ち着いて話を聞いて下さい」

「こっ、皇太子殿下!!」

皇太子と呼ばれた男は、眩いほどの金色の髪に鮮やかな緑色の目をしている。

俺が知る皇太子殿下ではない。

益々混乱する頭で夢幻ゆめまぼろしではないのかと疑った。

しかし、ズキズキと痛む足が現実であることを知らせる。

俺は一体、何処に連れて来られたんだ……?

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