第8話 竜

 今日一日、様々な出来事が了哉の身の回りにおき、頭の許容量を軽く超えそうだった。


 兎にも角にも稚夏に会ってみなければ何も始まらない。そう思っていても、色々と考えてしまう。


「そういや、異世界に来れたのはいいけど、日本に帰る方法は聞いてなかったな」

 帰れないと言われるのが怖くて聞き出せなかったのかもしれないと、了哉は思った。何もかもが嫌になる。


 とりあえず、セフィーネの報告を待つしかないという結論に変わりはなく、了哉は考えることをやめた。そして、まだ夕方にも関わらず、そのまま眠りについた。




 ――あっという間に一晩経つ。

 朝方、妙齢の女性が朝食を運んできた。出されたのは、ひどく固い食感のパンのような主食と味の薄いスープだった。 

 異世界で初めて口にした食事は、了哉にとって美味しいとは言い難いものだった。ただ、食べないわけにもいかず、それらをささっと胃に入れる。


 また、狭い部屋でじっとしているのは性に合わないので、外出し、異世界の街並みを探索したい欲求に駆られた。しかし、セフィーネがいない所で面倒ごとを起こすわけにもいかなかったので、辛抱強く待つことにする。


「まったく、退屈だ……」


 仕方ないので、部屋で腕立てなどの自重トレーニングを始めたが、装甲を纏わない生身の状態でも、筋力や体力が格段に向上しているのが確認できた。

 何百回腕立てを重ねても肉体はまるで疲労することがない。 これではトレーニングになるのだろうかと疑念を抱きつつも、他にやることもないのでどこまで腕立て伏せを続けられるか実験することにした。


 そうやって了哉が1000回以上腕立て伏せを終えたところで、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 立ち上がり、ドアを開けると、そこには長身の男性が立っていた。


「おお、お前さんが了哉か!」

 

 男性は20代前半くらいで、日に焼けた肌に、茶色く逆立った髪、緑の瞳の青年であった。身長は2メートルに届くほどの高さの堂々たる偉丈夫で、明朗快活といった印象を了哉はもった。


「俺はガルタ。ガルタ・バーネスだ。セフィーネの頼みでお前さんを迎えに来た」

「セフィーネの…… ずいぶん早いんだな」

 

 彼女が部屋を出ていったのは、昨日の夕方だった。そこからもう使いが来たというのは早すぎる気がした。


「なぁに、セフィーネなら昨日のうちに魔術で王国本土と連絡をとったようだし、俺は竜に乗ってここまで来たからな?」

「竜で?」

「ああ、そっちの世界には竜はいないんだっけ? 翼の生えたでっかい……そのなんだ……トカゲみたいな生き物だ」

 

 竜は異世界に到着してすぐ、空を飛んでいるのを了哉は見ていたが、まさかそれに人が乗れるとは思いもしなかった。


「まあ、宿の前に待たせているから、実物を見てくれた方が早い」


――「これが竜……」

 宿屋の前にその生き物はいた。トカゲというよりも、肉食恐竜を思わせる獰猛そうな頭に鋭い黄色の瞳。胴体の両脇には巨大な翼があり、それが翼竜のように腕と一体化している。尾も太く長い。体色は全身深緑で、頭から尻尾まで20メートルぐらいはある。

 背には馬のような鞍と鐙が付いていた。ガルタは本当にこの生き物に乗ってきたようだ。


 空想状の生き物がこの世界では実在していることに了哉が驚いている様子を見て、ガルタは誇らしげであった。


「凄いだろ? こいつは竜の中でも飛竜ってタイプで、空を飛ぶことが出来るんだぜ。名前はラグバード。こいつに乗れば、セフィーネの屋敷まですぐだ」

「たしかに凄いな……こんな危険そうな生き物に乗ってきたというあんたも凄いけど……」

「はは、竜は礼節をもって接すれば案外おとなしいんだ。それに賢いしな」

 そう言って、ガルタはラグバードの頭を優しく撫でる。 


「俺が前方に乗るから、了哉、お前さんは後ろに乗ってくれ」

 

 ガルタはラグバードの首付近の背に跨る。そして、了哉に自分の後ろに来るように促す。


「あ、ああ……」


 ラグバードの視線が了哉を見つめている事に、どこか居心地の悪さを感じながら、了哉も恐る恐る竜の背に跨る。


「よし、俺にしっかり捕まってろよ。振り落とされないようにな」

「分かった……」

「じゃあ、行くぞ!」


 その言葉とともに、了哉とシュガルタを乗せたラグバードは瞬く間に地上を離れ、天高く飛翔する。


 すぐに島の街並みはまるでミニチュアのように小さくなる。了哉はガルタにしっかりと捕まり、精一杯振り落とされないように気を付けていた。


「どうだ、初めて飛竜に乗った感想は?」

「はは、速すぎておっかないよ……」 

「数分で島の中央の屋敷につくからな。あっという間さ」

「セフィーネは歩いて中央まで帰ったのか?」

「あいつはテレポートの魔術を使えるんだ。だから町のいたるところに移動できる。ただ、他の人間を連れて移動は出来ないがな」


 どうやら、そんな便利な魔術があるらしい。魔術の話についても、後で色々聞かなければなと了哉は思った。


 ラグバードが貧民街を抜け、中央へ進むたびに町の建物も比較的立派になっていくように感じる。やはり島内でも場所によってかなりの格差があるようだ。


「この島でもさ、二百年前から先祖代々島に住んでいる者はそれなりにいい暮らししているんだ。あとは、大陸から仕事で来ている少数の魔術師とかな」


 了哉の考えていることをガルタはお見通しというように、説明する。


「ガルタはどこに住んでいるんだ?」

「俺も島の中央だ。……俺もお前さんと同じく魔甲士だしな。その仕事の関係だ」

「魔甲士、ガルタもそうなのか!」

「ああ、俺は二年前にコアに選ばれたんだ」


 そんな話をしていると、目的地に着いたらしく、ラグバードは徐々に高度を下げ、地上に降り立つ。

 その目の前には、立派な屋敷がそびえ立っていた。貧民街の風が吹けば倒れそうな建物とはまるで違う。屋敷の外装には見事な彫刻が彫られ、それを金銀で装飾している。


「ここが今セフィーネが使っている屋敷だ。豪勢だろ?」

 

 ラグバードの背から下りながら、 ガルダが言う。 


「ああ、凄いな」


 二人が到着すると、重厚な門が開き、中からこの屋敷の使用人らしき妙齢の女性が出てきた。


「了哉様、ガルタ様、ようこそおいでくださいました。主人のもとへご案内いたします」

「ああ、ルリカ。出向かい感謝する」


 屋敷に入る前にガルタはラグバードに口笛で合図を送る。すると、ラグバードは再びどこかへ飛んで行った。


「行ってしまったけどいいのか?」

「あいつもずっと待っているのは退屈だろうしな。その間好きにさせとくんだ。どうせまた合図をすれば来てくれるしな。俺らも屋敷へ行くぞ」


 そう言って、了哉の肩を押し、屋敷へと歩を進める。


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初恋の少女は、なぜ【悪逆非道】の【魔王】になったのか? 熱燗徳利 @morohaku

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