第7話 宿屋
「……他にもこの町に賊は残っているのか?」
「いいえ、魔力を感じないもの。これで全員」
「そうか……」
セフィーネの返答を受け、安堵した了哉は装甲を解除しようとする。持ち主の意思を受け、装甲は粒子状に戻り胸の
「疲れたよ……」
エイラの死と戦闘にて賊をこの手で殺したことは、了哉の肉体と精神を大きく疲弊させた。
悪党とはいえ、殺人への忌諱の感覚を拭うことは出来なかった。
「私が初めから迎えにいっていれば、こんなことにならなかったわね……」
セフィーネはエイラの亡骸に近づいて、詫びるように言った。
「俺も……目の前にいたのに何もできなかった……」
「あなたはよくやったわ。 ……怪我人の救助と死体の片づけはすでに手配済みよ。あと、この地域で異世界からの来訪者の管理を任されているのは魔女である私だから、あなたには私の屋敷まで来てほしいところだけど、お疲れのようね。それに、ここではあなたは色々目立つから、そこまで遠くない宿屋を案内しようと思うの」
実際、賊を倒した了哉の周りには、見物人がぞろぞろと集まってきて、皆何やら囁きあっていた。異質な装甲を纏って戦ってたのもあり、野次馬の関心を引くのは当然と言えば当然だ。了哉とセフィーネはエイラの亡骸に別れの言葉をかけて、この場を離れた。
「俺もあんたには色々聞きたいことがあるんだけど」
「わかったわ。宿屋に着いたら答えてあげるわ。ああそれと、上半身の服は焼けてしまって半裸でしょう? 道中で服も買ってあげるわ……」
たしかに、ズボンは無事だったが、火球を浴びた上着は焼けただれてしまっていた。
「まあ、とにかく行きましょう」
――服屋でこの世界の服を手に入れた了哉は、魔女・セフィーネに連れられて、貧相な宿屋に入る。
こじんまりした室内には薄汚れたシーツのかかったベッドがひとつだけあった。
「上等な部屋じゃないけど我慢してね……ここの主人とは知り合いで色々便利なのよ。ほら、座って座って」
ささっとベッドに腰掛けた彼女は、自分の隣を指さし、了哉にも座るように促す。了哉は黙って言う通り彼女の左隣に座った。二人は、隣り合うようにベッドに腰かける格好となった。
「私に質問があるようだけど、私もあなたにいくつか聞きたいことがあるわ。了哉と
言ったわね? お互いの知っていることを共有しましょう」
魔女はメモ用紙と羽ペンを取り出し、顔を了哉の方に向ける。こちらの全てを見通さんとしているような瞳だった。
「それで、あなたはエイラからどこまで聞いたのかしら?」
「えーと、この世界にあるのはサタ何とかという国ただ一つで、ここが島だという話なら……」
「……サタナキア王国ね。そしてサタナ領カノア島。……ノルスについては聞いた?」
セフィーネは半ば呆れつつ、話を進める。
「いいや、聞いてない」
「この世界の人間は、皆が皆、産まれつき魔力を持っているの。けど、たまに魔力を持たずに産まれてくる子達もいる。そういう子達のことをノルスと呼ぶのよ。ノルスは産まれてすぐこのカノア島に送られてくる」
「魔力がないだけでか?」
「ええ、魔術師でもノルスと婚姻した場合、魔力を持たない子が生まれるケースが高いのよ。……それを魔王様は許さない」
弱肉強食がこの国の国是だとも、セフィーネは付け加えた。
「サタナキア王国において、魔力の強さがすべて、階級も何もかも魔力量で決まる。魔力を使えない脆弱なノルスはいらないの。だからこの島に閉じ込めて出られないようにする。泳いで逃げようとしても、島の魔術結界が発動して阻まれる」
「……ひどい話だな」
選民思想が王国中に根付いているのを了哉は感じた。
「この島にいる人間は私、そしてあと数人の仕事でこの島にいる者を除いて皆ノルスよ。ノルス同士の結婚は許されているから、あなたが町で見かけた人たちはサタナキア本国から幼少期に送られてきたか、この地で生まれたノルスいう事になるわね」
島にいる人々は魔術を使えないが、サタナキア王国本土の人間は魔術を使えるというようなことをエイラも言っていた。その詳細がようやく了哉にはわかった。
「その魔王様ってのが、この制度を作ったのか?」
「ええそうよ。魔王様が即位されてから、ずっとこの制度は続いているわ」
やはり、魔王というのがすべての現況のようだ。ただ、この世界の支配者というなら、うかつなことを聞くのは危うい。了哉は話題を変えた。
「あと、この胸の中にある
了哉は自身の胸に手を当てる。
「言ったとおり、数万年前の先史文明の錬金術師が作ったテクノロジーの結晶よ。その時代は今よりはるかに文明が進んでいたのだけど、何らかの理由で滅んでしまって、今はわずかな遺物のみが残っているの。
「
「俺は……
「ええそうよ、魔力だけでなく、強靭な肉体と武芸に長けた者が魔甲タイプの
強靭な肉体と武芸に長けた者か……長年、創破鬼伝流を稽古していた甲斐があったのかもしれない。
「魔甲タイプの
「
「魔力は強くなる、怪我の回復は早くなるで良い事尽くめよ。強大な力も、使い慣れれば、容易にコントロール出来るようになるわ」
その言葉を信じていいか惑うが、今は確認しようがなかった。この魔女からはどこか危険な雰囲気を感じるからだ。
「あの賊達も
「あれは特殊なタイプの
「そんな危なっかしいものもあるのか……いや、魔力に関していえば、俺も魔力なんてないぞ」
「あら、あなたからは魔力を感じるわよ。おそらく、先祖の中にこの世界から時空を超えて渡ってきた者がいたのね。あなたの代で魔力が復活、言うなれば先祖がえりしたのだと思うわ」
珍しそうにメモを取るセフィーネ。
「ノルスの中にも、極稀に先祖がえりを起こして魔力を使えるようになる者がいるの……あなたもそれじゃない」
実感がわかない。ただ、了哉の諸白家と稚夏の篠国家は、平安時代にこの世とは違う異界よりやってきた鬼の子孫という伝承がある。その鬼というのが、魔力を使える異世界人ということなのだろうか。
鬼と呼ばれた異世界人は日本現地の人間と子をなし、その末裔が了哉ということか。
了哉が異世界に渡れたのも、魔力があったからなのかもしれない。
「他に聞きたいことはある?」
「……俺は、2年前にこの世界にやってきたとある少女を探しているんだ。異世界からの来訪者はあんたの担当らしいが、異世界から人が来ることはよくあるのか?」
「よくあるかといえば、頻度はそう多くないわね。私も異世界人を担当するのは初めて。ただ、あなたの前にも何人か異世界人が来訪した記録はあるわ」
やはり、この世界にやってきたのは了哉が初めてではないらしい。稚夏が来ている可能性が高くなる。
「ふ~ん。少女を探しにわざわざこの世界まで。それで、その少女の名前、聞いてもいいかしら?」
「……稚夏だ。篠国稚夏」
その名前をだした瞬間、彼女は手にしていた羽ペンをを床に落とす。また、目を丸くして、顔に驚きの表情を浮かべていた。なにか知っているのだろうか?
「へー。そうなんだ……それは驚いたわ。たしかに、時間のズレを考えると、そうなるわね……」
「時間のズレ? なにか知っていたら教えてくれ。彼女を見つけるのが俺の目的なんだ」
了哉はセフィーネに詰め寄る。彼女は下を向き、少し考えこんだ様子であった。しかし、すぐに顔を上げる。
「これは私の一存では話せない事柄ね。本土に連絡をとって、判断を仰ぐわ」
「そんな重要な案件なのか……」
「なんにせよ。私は緊急に屋敷に戻って本土と連絡をとるわ。あなたのこれからについても相談しなくてはならないし。それまで、この宿で待っていて頂戴。」
宿の主人には話をつけておくから、何を食べても大丈夫よ、そう付け加えて、彼女は急いで、ひとり宿屋を出ていった。
稚夏に関しての詳細はセフィーネから聞くことは出来なかった。ただし、彼女が何かを知っていることはわかった。
(焦らず待つしかないか……)
了哉はそう思いながら、ベッドに横になった。
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