第6話 白亜の刀

「畜生! 魔女だ。魔女の方を狙え!」


 賊の一人がそう叫び、攻撃対象をセフィーネに変えて火球を放つ。

 しかし、火球は彼女の身体に届く前に皆弾けて、消滅する。


「魔女を侮ってもらっては困るわね。私の能力は戦い向きではないけれど、自分の身を守るくらいはできるわ」

「こ、この……」


 賊達は完全に戦意を喪失したようだ。自分たちの無力さを思い知らされたのだろう。


 しかし、また新しい賊の一団が空から来訪する。そのうちの一人は、仮面もフードも赤く、明らかに他の賊と違った。


「よう、おまえら。抜け駆けはよくないねぇ。魔女を見つけたんなら、俺に報告しろよ」

「……ガイス。あいつら、俺達の攻撃が効かねえんだ。あんた、倒してくれよ」

「ああ、あんたならやれる……」

「頼むよ、ガイス」


 その赤い仮面の男はガイスと呼ばれ、どうやら賊の中でも格上の存在らしい。


「情けねぇな。せっかく俺がフェルザーに頼んで、お前らにも力を分けてやったっていうのに…… やっぱ適合力が低い奴らはダメだな」


 ガイスは嘲笑うと、了哉の方を見据える。

 

「なるほど、これがフェルザーの言うところの錬金装甲ってやつだな。さて、どれ程のものか」

 

 そういうと、ガイスの胸が黒く輝き、次の瞬間には黒い炎が全身を覆う。


 その炎はフードと仮面を焼き焦がしたかと思うと、ガイスの肉体そのものを変貌させる。体躯は一回り以上大きくなり、全身の筋肉は膨れ上がる。

 

 肉体は獣のような黒い毛で覆われ、顔は狼を思わせるような形状になり、裂けた口からは不揃いな大きさの牙が並んでいた。指には鋭く長い爪が伸びている。そして、顔を頭蓋骨のような白い外殻が覆い、まるで、骸骨の仮面をかぶった狼男のようだ……



「……なんなんだ、あの変身は」

 

 ガイスと呼ばれた男の変貌に驚いた了哉がセフィーネに尋ねる。


「あれもコアの力よ。あなたとは別タイプのね」


 変貌を遂げたガイスは首を左右に振ると、他の賊の方に視線を移す。


「まずはてめえらで甲魔士の力を試させてもらうぜ」

 

 そう言ったガイスの爪の隙間から、無数の細く赤い触手が伸びる。その先端部分は鋭く尖っていた。


「ガイス、な、なにを」

「せめて、俺の役にたってこい」


 徐々に長さを増していく赤い触手は、一斉に賊達の身体に突き刺ささる。


「やめろ、やめてくれ!!」

「た、助け!!」


 あたりから絶叫が聞こえたが、しばらくするとその声も納まり、低い唸り声に変わる。

 よく見ると、賊の仮面の下から覗く瞳は不気味に赤く光っている。そして、両手の爪は、ガイスと同じく鋭く伸びていた。


「おまえ、何をした!」

「俺の力をさらに分けてやったんだ。これでだいぶ強くなったはずだぜ。まあ、理性も知性も吹っ飛ぶがな」

 

 了哉の問いに、ガイスは裂けた口で笑いながら答える。


「そうね、もうああなってしまっては彼らは助からない。良かったじゃない、これで殺すのを悩む必要がなくなった」

「何言ってんだセフィーネ……」

「むしろ殺すことが彼らにとっての救済よ。楽にしてあげたら?」


 賊の一人が唸り声をあげて了哉に飛び掛かる。


「やめろ!!」


 了哉は反射的に拳を突き出す。軽く撃ったつもりだったが、賊は数メートル吹っ飛ぶ。その衝撃で、臓器も露出していた。一撃で、息絶えたのがわかる。

 

(力があふれてコントロールが効かない……)


 了哉は装甲が自身の筋力を大幅に強化しているのを感じた。感覚も鋭敏になり、反射神経も大幅に向上しているようだ。


 初めての殺人はあまりにあっけないものだった。


「思った以上にやるなぁ」

 

 仲間の死を見てもガイスは嫌な笑みを崩さず、他の賊達も次々了哉へ襲い掛かってきた。


「こ、この」


(こいつらはエイラの敵だ。やってやる!)

 

 了哉は自分を奮い立たせ、次から次へと襲い来る敵の急所を確実に潰していく。創破鬼伝流には当身の技が多数含まれており、それは敵の弱点を的確に突き、息の根を止める技法だった。実際に人間相手に技を振るうのは、これが初めてだった。


 敵を殺す感覚、それは気持ちのいいものではなかったが、出来る限り意識せず無我夢中で攻撃を繰り出すようにした。 あっという間にあたりには潰れた死体の山が積み重なる。


 気がつけば、ガイス以外の賊をすべて葬っていた。


「あーあ、みんな殺されちまった。使えない奴らだ」

 

 ガイスは吐き捨てる。


「しょうがねえ、俺が直々に戦ってやる」

 

 ガイスは両手を広げ、腰を低くした構えをとる。

 了哉も左拳を前、右拳を引いた創破鬼伝流の無手の構えをする。


 お互い構えの姿勢をとったまま、じりじりと間合いを詰める。


 そうしてしばらく時がたつと、いきなりガイスはもの凄いスピードで了哉の右脚に飛びつき、そのまま押し倒そうとする。


 だが、左足を後方に伸ばし、強固なバランスを取っていた了哉は、その程度の攻撃では微動だにしなかった。稽古の一環として、他競技の選手、特に総合格闘技の選手と何度もスパーした経験があったので、片足タックルの攻撃には慣れていた。

 そして、自分の右足に取りついたガイスの脳天めがけて、冷静に鉄拳を振り下ろす。


「ぐあ!!」


 たまらずガイスは脚から手を放し、後方に飛び去る。自分の腕力と脚力に自信をもっていたガイスにとって、攻撃が通用しないのは予想外だったようだ。あまつさえ、反撃を受けるとは思ってもなかったのだろう。

 


「やるなぁ……体幹が強いねぇ」


 頭を摩りながらも、ガイスはそれでもまだ余裕そうな表情を浮かべる。


「素手では勝てそうにねぇな。しかしよぉ、俺にはこんな武器があるぜ。装甲だってぺちゃんこに出来る武器がよぉ」


 ガイスの右手が発光し、武器が顕現する。棒のように長い柄を持ち、先端には人の頭ほどの大きさの丸い重りが付いていた。さらに、重りには無数の鋭い棘が生えているのが見える。まるで、巨大な戦棍メイスのようだった。色は彼の頭部の外殻と同じであり、同一の物質から出来ているのだろうか?


 彼は重量のありそうな武器を振り上げると、了哉めがけて、力強く振り下ろした。さすがに直撃はまずいと思い、躱す。


 現実のプレートアーマーなどはメイスなどの攻撃に対しても、かなりの防御力を発揮するという実験結果がある。多少装甲がへこむ場合はあっても生身まで衝ダメージを受けるの事は稀だとか……


 ただし、あれだけの大きさと、怪物化したガイスの腕力が加われることを考えると、念のため避けざるを得ない。

 敵の武器の威力も、この装甲の防御力も、まだまだ未知数だ。


 ガイスは次から次へと攻撃を繰り出す。それに対して、了哉は避けるので精いっぱいであった。なんとか隙を作って武器を奪うなりしようと試みたが、上手くはいかない。


「おいおい、どうした。逃げているだけじゃ勝てないぜ」


「あなたにも武器があるはずよ! それを使いなさい!」

 

 大きな声でセフィーネがそう伝えてきた。


 (……武器。武器か……それなら)


 諸白家の道場には、流祖が戦場で使ったという刀が飾ってあった。その長さは地面から了哉の肩に届くほどの大太刀であり、重ねの厚い剛刀である。


 武器なら、ああいう刀がいい。了哉がそう思った瞬間、了哉の右手が光り、装甲と同じ白亜の刀が姿を現す。


 それは、道場にあった大太刀とほぼ同じ長さ、形状で、日本刀のような鍔までついていた。

 後方に飛びのき、ガイスとの間合いを取ると、諸手で刀を構える。


「ちっ、おまえも武器を使えるのかよ。関係ねぇ、叩き潰してやる!」


 鬱陶しそうにガイスは武器を振り下ろす。


 しかし、了哉はその攻撃を刀で巧みに受け流す。メイスの先端は了哉の身体を逸れて地面に向かっていく。


「何っ!?」


 ガイスの体勢が崩れた隙を了哉は見逃さず、そのまま右肩から斜めに袈裟斬りにする。刃が肉体を切り裂く感触が腕に伝わると同時に、鮮血が溢れる。


「ぬぅ……畜生!」

 

 斬撃を受けたガイスがよろめく。だが、斬撃が思ったより浅かったのと、驚異的なタフネスゆえか、ガイスはなんとか倒れず踏みとどまった。


「まだだぁ。まだぁ!」

 傷口を左手で叩き、気合を入れ、ガイスは武器を横に薙ぎ攻撃してきた。


(創破鬼伝流……火槌ひづち!)


 了哉は刀を頭上に掲げると、迫ってくるメイスの先端が身体に届く前に柄の部分めがけて、力いっぱい刀を振り下ろす。その衝撃が柄を伝ってガイスの腕まで響き、彼は思わずメイスを地面にとり落とす。

 その瞬間を了哉は見逃さず、胸めがけて刀を一閃させる。


「ば、馬鹿な……」


 先ほどとは比較にならない大量の血が噴き出し、ガイスの身体が大きくよろめく。そして、力なく地面に仰向けに倒れ伏す。


「この俺が……こんなところで……」

 仰向けになったままガイスは悔しそうに呟く。その声は弱々しかった。


「だがまだ……フェルザーの野郎が……いる。あいつには……お前も勝てまいよ……ははっ……それまで、精々余生を楽しみな……」

 

 そう言い残して、ガイスは事切れた。

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