第5話 錬金装甲

了哉に火球を浴びせた仮面の集団は別の獲物を求めて、逃げ行く人々を襲い始めていた。


 

――倒れた了哉のもとを男たちが去った後、しばらくして、一人の少女がその場所に現れる。 


「遅かったと思ったけど、あら……まだ息があるのね」

 

 焼け焦げた了哉を見下ろしながら、少女は呟く。ただ、了哉の吐息はか細く、命の灯はいまにも消えそうだった。


「大丈夫、治してあげるわ」

 

 少女の歳は16か17程。光沢のあるホワイトブロンドの髪をツインテールに纏め、その肌は白磁のような白さとなめらかさを兼ね備えていた。欠点のないほど整った顔立ちと合わせて、まるで美しい人形のようでもある。どこか、この世のものとは思えないほどに。

 彼女は灰色のローブを羽織り、その手には肩まで届く長さの杖を手にしていた。

 

 少女は屈み、聞こえていないとわかりつつも、了哉に語りかける。


「こういうのは、本人の許諾がいるのだけど、死ぬよりはマシよね」

 

 少女はイタズラっぽく微笑むと、懐からなにやら取り出す。それは眼球程の大きさの白く澄んだ玉のような物体であった。

 

 はた目からは色付きのガラス球にしか見えない。ただし、少女が了哉の身体に玉を近づけてみると、心臓のように鼓動する。


「やっぱり。睨んだとおりの適合者ね」


 嬉しそうに微笑むと、少女は了哉の胸元に玉を落とす。すると、玉は弾かれるどころか胸の中に吸い込まれていく。まるで、了哉の肉体と一体になるかのように。


「さあ、目覚めなさい」

 

 次の瞬間、胸元が白く輝いたかと思うと、そこから放たれた粒子が了哉の身体全体を覆いつくす。そして、焼け焦げた肉体を瞬く間に修復する。折れた骨も元通りに生成しなおす。


 全身の負傷が完治したとき、了哉の意識が覚醒する。


「……俺……は生きているのか? 」

「ふふ、コアの力であなたを治したの」

 

 少女は綺麗に治った了哉の頬を優しく触りながら言った。


コア? あんたは何者だ?」

「私はセフィーネ。エイラのあるじだった魔女よ」

「……そうだ! エイラは?」

「……残念だけど。あの子はもう助からない。心臓を刺されてしまったのですもの」


 セフィーネと名乗った少女は血の海の中で横たわるエイラを指さす。


「彼女は優秀な子だったのに……残念よ」

「魔女なら……なんとかならないのか……俺を助けたように」

「死者を生き返らすのは魔女の力でも無理よ。それより、今生きている人たちを救いましょう」


 またしても遠くで爆発音がして、火の手があがる。


「あいつらが、まだ……」

「そう、でも今のあなたなら戦える。だってコアを持っているのですもの」

 彼女は了哉の顔を真っ直ぐ見つめ、微笑んだ。


「その胸にコアを埋め込ませてもらったわ」

「だから、なんなんだそのコアって……」

「数万年前に滅んだ先史文明の錬金術師が作ったテクノロジーの結晶よ。適合するものに驚異的な力を与える。あなたを死の淵から救ったのもコアの力」


「あいつらと戦えるのか?」

「ええ、充分戦えるわ。さらに、コアを使いこなせれば、錬金装甲という強力な鎧を纏うことだって出来る。さあ、どうする?」

「目の前で人が殺されたのに、何もできなかった…… 敵を討ってやる」

 

 拳に力を入れ、火の手が上がる方角を睨みつける。


「頼もしいわね。でも人を殺せる? 経験はあって?」

「それは……ない」

 

 平和な日本で過ごした十八年、当然ながらそんな機会は一度たりともなかった。戦乱の時代に生まれた古流武術を学んでいるといっても、それを実際に使い、なおかつ人を殺すという心理状態に至るには、高い壁が存在した。


「殺さず捕えることは出来ないか?」

「おそらく最初の段階では力をコントロールできないでしょうね。戦えば、確実に相手を殺してしまう」


(俺は相手が外道だからといって、人を殺めることが出来るだろうか?)


 だが、ここはもう安全な日本とは違う。やらなければ、こちらがやられる。了哉はそう自分に言い聞かせた。

 しかし、自分が誰かを殺す姿のイメージは、どうしても想像できなかった。


 了哉が心の中に葛藤を抱えていたその時、空から仮面の賊たちが飛来する。


「間違いない。やっぱり魔女だぜ」

「魔女を殺せば俺達の願いは叶う!」

「殺せ! 殺せ!」


 彼らはいきり立ちながら了哉とセフィーネを取り囲む。


「ちょうどいいわ。あなたの力を見せて」

「……ああ。やってやる」

 

惑いながらも、こいつらを放置し、これ以上の犠牲者を出すわけにはいかなかった。


「てめぇ……さっき殺したはずだが?」 

 

 賊の一人が怪訝そうな声で言う。


 「魔女に助けられたんだろ? いいぜ、もう一回殺してやる」


 別の賊がそう吐き捨てると、右手が赤く光り、再び深紅の巨大な火球が了哉めがけて飛んでくる。


――やられる。了哉がそう思った時、了哉の胸の中が発熱するのを感じた。そして、目に見えるすべての時間が停止しているような不思議な感覚に陥る。

 賊も、放たれた火球も静止したまま微動だにしない。了哉自身も意識ははっきりしているが身体の自由はまったく効かない。


『敵からの攻撃を確認。強制的に装甲形態に移行します』

 

 その声は身体の内側から聞こえてくるようだった。瞬間、了哉の胸部がまたもや白く輝き、白い粒子が発生する。


 了哉の身体を念入りに確認するように粒子は纏わりつき、そして、徐々に確固とした実体を持ち始める。彼の頭部、胴体、四肢をそれぞれを守る強固な装甲へと姿を変えた。

 こうして、全身を白い装甲で身を固めたひとりの戦士が顕現する。


 その装甲の表面は金属とは違った滑らかさを持ち、了哉の身体にしっかりとフィットしており、無骨さは感じなかった。

 ただ、顔を覆う部分の装甲には、敵を射貫くような鋭い目の造形をした除き穴と額の部分から天に向けて伸びる二対の角のような部位だけが存在し、まるで、鬼か悪魔を思わせる。

 

 また、首、上腕、大腿部の脇側など、各所にチューブ状のパーツもある。そこから動力を送っているのだろうか? だとしたら、SFのパワードスーツをも思わせる。



 自分の身体に起こった変化を了哉が認識すると、時間が停止したような感覚から解放される。刹那、賊が放った火球が直撃し、爆発する。噴煙があがる。


「はんっ! ざまぁみやがれ!!」


 しかし、装甲を纏った了哉に賊の火球は傷ひとつ付けることはおろか、後方へ仰け反らせることさえ出来はしなかった。了哉はその場に立ちすくみながら、装甲の堅牢さに驚愕する。


 それは、必殺の攻撃を無効化された賊達も同じで、あたりに動揺が広がる。


「な、馬鹿な。こ、この」


 他の賊達も一斉に火球を浴びせかける。しかし、やはり白亜の装甲はビクともしなかった。よく見れば、装甲にはくすみさえ無い。


「なんだよ……こりゃあ……」

 

 賊達はたじろぎながら了哉から距離を取る。こんな事は初めての経験であり、賊には装甲を纏った了哉が角の生えた怪物のように見えていた。


「これが先史文明の遺産、錬金装甲の力よ」

 

 セフィーネは勝ち誇ったように言った。




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