第3話 異世界の街並み

 光に包まれた次の瞬間、了哉は見知らぬ路地裏にいた。


 その路地裏を抜けると、掘っ建て小屋がいくつも並ぶ、まるでスラム街のような街並みが広がっていた。いくら見渡しても、街はおとぎ話に出てくるような美しいものではなくうらぶれており、沿道には物乞いをする者の姿も多く見える。


 また、道行く人々の髪の色、肌の色は様々で、見慣れない服装、聞きなれない言語で話していた。


 「ここが異世界……なのか?」

 

 異世界ではなく、地球上にある外国の可能性もないかと思った。しかし、頭上を見上げると竜のような生き物が空を飛んでおり、了哉はここが異世界だと認めざるを得なくなった。


(本当に異世界に来てしまった……稚夏は無事だろうか……)


 また、人々はこちらの服装が珍しいのか、みなジロジロと了哉を見ている。


 もともと稚夏が帰ってきてほしいという一心で神社に願った。そのため、異世界に必要な準備なんてしてなかったし、そもそも事前に何が必要かも見当がつかなかっただろう。


 

(……言葉が通じないのは痛いよな。さて、どうしたものか……)


 そんなことを思っていると、了哉の左肩をトントンと後ろから誰かが叩いた。

 振り返ると、そこには可憐な少女の姿があった。歳は了哉より少し若い程度で、光沢のあるブルーの髪に、小麦色の健康的な肌。灰色の瞳をしている。

 

 彼女はその灰色の双眸で了哉を真っ直ぐ見つめ、何かを語りかけた。ただ、当然この世界の言語は解すことはできない。


「すまない、ここの言葉は話せないんだ」

 

 了哉の言葉に彼女は微笑むと、ゆっくりと彼の頭に手を伸ばし、額に手を当てる。刹那、その手が眩い光を放ち、了哉の頭にガツンと殴られたような衝撃が走る。


「うわっ……痛っ……」


 これはなんだ、魔法か? 驚いた了哉が抗議しようとする前に、少女は言う。


「……驚かしてごめんなさい。別の世界からやってきた異邦人さん。これでこちらの言葉がわかりますか?」

「何を言って……あっ」


 たしかに今度は彼女の言っている言葉を理解することが出来る。


「こちらの言語を理解し、話せるようにする魔術を使いました。便利でしょう?」

「すごいな……俺の言っていることも分かるのか?」

「ええ、これで誰とでも不自由なく会話が楽しめるはずです」


 彼女の言うとおり、この国の言語をまるで日本語のように容易に解し、話すことが出来るようになっている。脳に直接言語が刻まれたような奇妙な感覚だった。


「えーと、それで俺が別の世界からやってきたことはやっぱりわかるんだ」

「恰好もそうですし、今日この日この場所に、異世界から人がやってくるとの予言があったのです」


「予言? その、それであんたは何者だ?」

 その問いに少女は微笑む。


「私はエイラ。魔女に仕える者です」

「ま、魔女?」

「ええ、魔女である主様あるじさまは異世界人が来ることを予言で分かっておられました。なので、私を使わし、館に連れてくるように言われたのです。さあ、行きましょう。……えーと、お名前は」

「……了哉だ」

「なるほど、了哉さん。よろしくお願いします!」


 そういうと彼女は了哉に右手を差し出した。


「よろしくと言われてもな……こっちは異世界に来たばかりで、何もわからないんだ。質問がいくつかあるんだけど、いいかな?」

「たしかに、こちらの事は何も知らないでしょうし、答えられる範囲ならなんでも答えますよ。ただ、歩きながらにしましょう」


 エイラは了哉に人々の視線が集まっているのを気にしているようだ。


「館に行く前に、服屋さんで目立たない衣服を調達しなければなりませんね……」

 歩を進めながら、彼女はそんなことを口にする。


「なあ、ここはなんて名前の世界……いや、国なんだ?」

「サタナキア王国といいます。この世界に国家はこの一つしかなく、大陸全土と諸島を支配する魔王様が治める強大な国家です。そして、ここはそのサタナキア領のカノア島」


 ……魔王という単語に異世界感を強く感じる。竜らしき生き物もいるが、そんなものがいるのか。いったいどんな怪物なのだろう。気になったが、色々と恐ろしげなので、詳細は聞かないことにした。


「……島なんだな、ここは」

「ええ、断崖絶壁の島ですね。あと、島全体が貧しいですが、特にこのこのあたりは、貧民街で貧しい人たちが多いんです」

 

 確かに物乞いや浮浪者を多く見かける。


「あと、魔女って何なんだ?」

 

その問いに、エイラは不思議そうな顔をするも、すぐ合点がいったようだ。


「そういえば、あなたの世界に魔女はいないと主様あるじさまから伺いました。簡単に言うと生まれつき魔力を持ち、魔術を生業とする魔術師の女性の事です。この島では私の主、セフィーネ様のみです」


 セフィーネ。それが彼女の主である魔女の名前らしい。


「あんたもさっき俺に魔術をかけていたけど、魔女ではないのか?」

「私も特殊な事情で魔力はありますが、魔女の資格はないんです」

 

 そう語る彼女の顔はどこか悔しそうであった。どうやら、魔女というのは資格制らしい。


「この島にいる一般人はやっぱり魔術を使えないのか?」

「島にいる人々は魔術を使えません。ただ、サタナキア王国本土の人間は皆、魔術を使えますよ」

「そうなのか? なんでここの連中は使えないんだ?」

「それは……ここが魔術が使えない人々を集めた島だからです。詳しい事は屋敷に着いてから説明します」

  

 一通りこの世界の事を聞いた後、了哉はいよいよ本題を切り出そうとする。もちろん、異世界に消えたと思われる稚夏の事だ。エイラが何か知っているかもしれない。


「あと、ほんとはこれが一番聞きたいことなんだけど、俺以外に異世界にきた少女はいるかな。名前は……」


 了哉がそう言いかけたとき、前方の方で何かが爆ぜる音が聞こえ、次の瞬間、火の手が上がった。

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