第2話 異世界への道

 ――初詣の日、篠国稚夏は突如として姿を消した。そして、今現在も見つかっていない。

 

 狭い田舎で少女の失踪は大事件であり、村人はあれやこれやと噂を囁きあった。

 彼女の置き書き、あるいは遺書のようなものは発見されていないことから誘拐されたんじゃないかとか、田舎を捨てて都会に駆け落ちにでも行ったのだとか……いい加減な話が出回っていた。

 

 彼女と親しかった了哉も何度か警察から話を聞かれたが、彼女の身体が光って消えましたなんて話、誰も信じやしなかった。また、了哉自身も彼女がどこに消えたのか、まったく見当がつかなかった。


 そうして、彼女が見つからないまま、もうじき一年という歳月が過ぎようとしていた。

 

 片思いをしていた幼馴染の失踪は、いまだに了哉の心に大きな傷を残していた。

 この喪失感を埋めるために、今まで好きでもなかった武芸に打ち込み、気を紛らわせた。今はもう師である父をも超えたと自負している。


 それでも虚しさは消えやしない。やはり夢ではなく、実際の彼女に会いたいと思う。口には出さなかったが、彼女の明るさに何度も了哉は救われてきたのだから。


 では、彼女はどこに行ったのだろうか? 


 ひとつ思いあたる節がある。このあたりには神隠しや異世界の伝承があった。また、了哉の生家である諸白家の古文書によれば、創破鬼伝流の流祖である了哉の先祖も、ある日を境に神隠しにあったように忽然と姿を消したという。

 

 また、別の伝承では、了哉の諸白家と稚夏の篠国家は、平安時代にこの世とは違う異世界よりやってきた鬼の子孫である――そんな頓痴気な話も語り継がれている。

 だから鬼樫神社は全国でも珍しく、鬼を祀っている神社だ。


 異界も鬼の伝承もすべては先人たちの作り話に過ぎないだろう。そう思いつつ、了哉は異世界についての伝承が頭から離れなかった。

 



――稚夏が消えてから、ちょうど一年後。了哉はあの時と同じく鬼樫神社に来ていた。


 昨年はあれから幾度も神社にお参りに来て、稚夏の帰還を願ったが本殿が光ることはなかった。ただし、あの時と同じく初詣の日という状況ならどうだろうか……そんな藁にもすがる思いで再びこの神社にやって来たのだ。


 古びた小さな本殿はもう長い間修繕されておらず、傷みの激しいこの建造物は何とも言えない懐かしさを喚起させる。


 賽銭箱に硬貨を入れ、正しい手順で願い事をする。


「どうか、稚夏が帰ってきますように!」


 声に出して強く願うものの、本殿に変化はなかった。


「くそっ、やっぱりだめなのか……」


 それから幾度もお願いをしたが、不思議なことは何一つ起こらなかった。

 

(どうしたらいいんだ…… どうやったら稚夏は帰ってくる……)


「なら、俺を稚夏のいる世界に連れていってくれ!」


 ダメ元で願ってみた。すると、先ほどまで何の変哲もなかった古びた本殿が、青白く発光していた。それは怪しく、この世のものとは思えない輝き方であった。


「まじかよ……」


 そうやって輝く本殿に手を伸ばした時、了哉の身体も青白い光に包まれていった。

青い光が徐々に輝きを増し、了哉も稚夏と同じくこの世界から忽然と姿を消した。


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