第4話 言い合い(その1)
「ねえ、毎日家に閉じ籠もってばかりで可笑しくならないの?」
利佳が隆哉に言う。
「俺、可笑しくなってるかい?」
「一応まともに見えるけどさ」
「見た目通りだよ」
「なんかさ、何かこう・・・」
「引き籠もり状態だと気持ち悪いとでも言いたいのか?」
「そんなハッキリは言わないけど。でもさ、何かに挑戦した方が良いよ」
「何に?」
「女の人は嫌いなの?」
「今は興味が無い」
「えっ! 昔はあったの?」
「何もそんなに驚かなくても」
「結婚したいとか思った事、無いの?」
「まあね」
利佳の問いに彼ははぐらかす。
「ねえ、叔父さんって本が好きなの?」
「一応本を読むのは好きだよ。暇だしね」
「叔父さんは文才って、あるの?」
「文章を書いたりはしない。書く必要性が無いからね」
「じゃあさ、試しに本を書いてみない? 文才があるかどうか試してみるの。だって、このまま何もしないで暮らして行くなんて、絶対に詰まらないから」
「書いてどうするの?」
「当たれば儲かるよ」
「無理に決まってる。毎年様々な賞を催して出版社などが小説などを募集しているけど、目に止まる文章は極僅か。残りは『自費出版しましょう』で終わりさ」
「普通の小説を書くからそうなるのよ」
「どんな小説ならイケるというんだ?」
「官能小説よ」
「バカ言うな。経験が少ないのにそんなの書けるか」
吐き捨てるように隆哉は言う。
「経験が少ない? 叔父さん女性との経験があるの? 童貞かと思っていた」
その言葉に、隆哉はどう答えるべきか分からない。
「私が応援するからさ。私が取材集めしてあげるから試しに書いてみてよ」
「利佳がモデルになって俺に抱かれるとでも言うのか?」
「バッカじゃないの? そんな事するわけ無いじゃ無い」
急に凄い剣幕で言い放つ。
別に姪っ子を抱きたいとは思ってはいない隆哉だったが、余りに突拍子も無い提案を出して来たので少しからかってみたのだ。
「女子大生の友達の中には結構体験してる子もいるのよ。パパ活していると噂の子もね。その人達の体験談を探ってくるから、適当にデフォルメして書けば良いのよ」
「俺、今の所、金儲けに興味無い」
「叔父さんは儲けなくて良いのよ」
「どうして? お金を得るために書くんじゃ無いの?」
「儲かったら私が貰うの」
隆哉は呆れる。利佳自身がお金を欲しいから、隆哉に官能本を書かせようなんて、余りにも厚かましい。
「そんな話し、俺は嫌だね」
「ねえ、小説のモデル用として、実際に抱ける子、紹介しても良いわよ。少し高めに払えば、叔父さんの求める通りの女性、居る筈よ」
「おいおい、売春斡旋してるのかよ」
「違うわよ。それもこれも官能小説の取材と思えば良いの。協力するからさ」
「その件はいったん置いといて、先ずは俺に文章が書けるかどうかを試さなくちゃ」
利佳との話しはそれで終了となった。
隆哉は、学生時代に最も好きになった女性にぼろくそに言われ振られた。その後、女性に全く触れなかった訳では無い。幾度か風俗の女性を抱いている。
しかし。詩織とのような快楽や感激は得られなかった。
風俗の女性達は、お金の為に演技し応じてくれているだけ。自分をコケにした女性と同じにしか思えない。
「あんたが奢ってくれるから付き合って遣ってるのよ」
事が終わった後に何故か浮かんでくる愛美のこの言葉。彼の心に虚しさや悲しさが襲って来る。なので、風俗も行かなくなった。今は完全に女性から離れた格好だ。
とは言え、全く関心が無くなってはいない。利佳の話しに、興味が湧いて来る。
隆哉は、所謂官能小説なる物を読み始めた。そして、パクるように自分も書き始めた。勿論、パクった作品を世に出すつもりは無い。
飽くまでも練習の積もりである。
「叔父さん、最近私を見る目が嫌らしくなってない?」
どうして分かるのだろう? 確かに隆哉の利佳を見る目は違って来ている。官能小説の読み過ぎかも知れない。
「仕方ないだろう。利佳が小説書いてみろと言うから試しに書いているんだ。素人作家だって、物語を書く時はそのシーンを創造しなければ書けないんだよ」
「想像で無くて叔父さんの場合は妄想でしょ。でも、小説書く気になったんだ」
「まあな。頭の惚け予防にもなるようだしな。だから、少しぐらい嫌らしい目つきをしても我慢しろ。分け前が欲しいんだろ?」
「分かった。見るだけよ。絶対に手を出さないでよ」
かなり力を込めて忠告する利佳。
「そんなの分かってるよ。叔母さん怖いし。親戚に睨まれたらな。完全孤独はやはり俺も辛くなるし」
「そんな世間体みたいな事じゃないでしょ。人間としての倫理の問題でしょ」
利佳もなまじ大学に通っては居ない。彼の心を突く言葉だった。
隆哉と利佳の生活が最初と少しづつ変わって行く。隆哉に楽しみが出来たのだ。利佳の体が欲しいとか見たいとかではない。いや、それも少しあるかも知れない。
何にせよ、毎日文章を書き続けた結果、自分でも文章の上達ぶりが分かるのだ。
(俺、若しかして文才があるのかも知れない)
隆哉は単純にそう思った。
気持ちや考え、イメージを文字に置き換える。決して簡単なことでは無い。でも、色々工夫して文章を作り上げて行く。それは隆哉にとって喜びとなったのだ。例え官能小説であっても。
最近は、利佳から女子大生のあからさまな性感覚の話しも耳に入る。利佳が言ったように、もう妄想とも言えるシーンが頭の中に浮かんでくる。
隆哉は男である。辛いのは、詩織とのあの体験が想い出され、否が応でも激しい欲情が湧いて来た事だ。
とは言え、当たり前かもしれないが、利佳の体に指一本触るつもりは無い。勿論利佳も性的サービスなど与えてあげる気はさらさら無い。
ただ、その様な事が微妙に影響をし始めた。
「あのな、最初に決めた約束事、あれ守っていないじゃないか。守る気がないのならこの家から出て行けよ」
「あのね、あの決め事、実家よりも相当厳しいのよ。私の両親はあんな規則作って縛らないよ」
「何が厳しいだ。居候しているならその位やれよ。掃除はしないし後片付けも満足にしていないし。それに、俺が買って来て冷蔵庫にストックして置いた物を勝手に飲み食いしてるじゃないか」
「その位良いじゃ無い。叔父さんだってね、両親が残した財産で働かず暮らしているじゃない」
「ああ言えばこう言うだな。全く。とにかくこのままなら出て行けよ」
最後通告の様に利佳に告げると、隆哉は自分の部屋に行く。
この様な内容の口喧嘩が何回かつづく。が、利佳は一向に改善しようとしない。隆哉の言葉など独吹く風とばかりに聞き流している。
何日かして、叔母から隆哉に電話が罹ってきた。
「隆哉君、あんた利佳に何てことを言うのよ」
いきなり小言口調だ。
次の更新予定
2025年1月9日 20:01 毎日 21:00
恋の殺意 大空ひろし @kasundasikai
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