第3話 挫折
詩織との楽しかった想い出を何度も振り切り、受験勉強に邁進した結果、隆哉は志望校に合格する。
今まで、勉強という鎖に縛られた様な生活から解放された隆哉。その頃には詩織への恋心はかなり薄くなっていて、単なる青春の一コマぐらいの記憶になっていた。
「よし、彼女を作るぞ」
新たな野望と言うべき気持ちに支配される隆哉。
両親が営む美容室は繁盛していて、チェーン店を展開しようかぐらいの勢いがあった。それ故、隆哉の懐も暖かい。
彼は、女性との接触が密に出来る若者に人気のアルバイトを始める。隆哉の場合は彼女を作るという下心。
それが成功して、彼は好みの女性と付き合うようになる。
食事を共にしたり、テーマパークを始め、人気スポットにも行く。そのお金の多くを隆哉が支払う。
大学生になって最初の夏休みが過ぎた。2ヶ月程前に付き合いだした彼女・愛美。
隆哉はお互いの恋が深まったと感じた。
ある時、二人だけの絶好と思われるシチュエーションが訪れた。詩織とセックスを体験をしている隆哉は余裕を持って迫る。
彼は愛美に唇を寄せる。隆哉の意図に気付いたのか、愛美は突然彼の顔に平手打ちを食らわせる。
「えっ。どうして?」
隆哉は困惑する。
「何するのよ。あんたとはそんな関係じゃ無いよ」
大声では無かったが、語気は強い。続けて愛美は。
「あんたは奢ってくれるから付き合ってやってたのよ。調子に乗らないでよ」
ある意味、失恋感情より傷つく台詞。
「何だよ、俺を財布代わりに付き合って居たのかよ」
自然と怒りの籠もった声になる隆哉。
「当然でしょ。あんたなんかと関係なんかしたくない。私には本命の好きな彼氏が居るのよ」
隆哉は、自信もプライドもズタズタにされた。愛美に怒りを感じるよりも、思い上がっていた自分に、情けなさと惨めさを痛感する。
暫く経って、隆哉は愛美の言葉を確かめようとストーカーまがいの行動に出る。すると、確かに本命の彼らしいイケメン野郎と腕を組んだり体を寄せたりしている場面を目撃する。
殺害までには行かなくても、殴る蹴るの暴力を振るいたい程怒りが湧き出る隆哉。
もし、隆哉が今まで女性との接触が無く、しかも単細胞だったら、機会を狙って愛美に暴力的な行動を取っていたかも知れない。
そんな隆哉の心を静めたのは、詩織との楽しかった時間の回想だった。
(詩織は俺を愛してくれた。心から愛してくれてた。だから彼女は俺に体を抱かせてくれた)
隆哉が男を取り戻す記憶だった。
(俺はあんな薄汚い愛美なんかに構っていてはいけない。俺は純粋な愛と触れ合っているんだから)
隆哉は愛美への未練や恨みを捨てた。そして、隆哉の前から消えた詩織に、再び強い愛情が湧いてくる。
「詩織さんの行方を捜してみよう」
隆哉の気持ちが詩織に戻る。
とは言え、探偵に依頼するでも無く、勿論警察に相談も出来ない。抑も相談できる相手が居ない。
両親に打ち明ければ、少しは協力してくれるかも知れない。でも、当時の両親の態度を見ると全く期待できない。
そんな思いが続く中、年末が過ぎ正月となった。
両親は父の実家に久しぶりに帰郷した。予定はその後、そう遠くない温泉地で温泉に浸かってリフレッシュしてくると言って車で出掛けた。
隆哉は両親にノコノコ付いて行く年齢では無い。当然両親とは別行動。
正月から10日程経った頃、突然電話が入った。両親の運転した車が事故の巻き添いになり、亡くなったとの訃報だった。
隆哉は頭が真っ白になり体が熱くなる。
暫くは両親の葬儀や親戚との話し合い、保険関係とかで気持ちを強く持てたが、全てが片づくと、彼は一人涙に暮れる。
大学に行く気にもならず、1ヶ月程があっという間に過ぎた。
未来への希望や生きる覇気が無くなり、隆哉は抜け殻のような気持ちに陥る。
「大学はもういいや。会社勤めする気が無くなったし、網何をしても無駄だ」
彼は誰にも相談せず、大学を退学する。
隆哉は引き籠もり状態になった。生活は両親が残した財産と保険金。住まいは既にある。働かなくても暫くは暮らしていける。
今、決断しなければならないのは、両親が残した美容院の取り扱い。
親戚の人に勧められ、取り敢えずは居抜きで店舗を貸すことにした。
その後、一種の鬱状態、というか全てで遣る気が無くなった隆哉は、引き籠もり状態となり、一人で暮らすことになる。
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