第4話 魔女は追撃の手を緩めない。



 宮廷の広間に、重々しい発表が響き渡った。


「魔女アリシア、そなたを国家反逆罪で糾弾する!」


 裁判官の高らかな宣告に、宮廷内は一瞬でざわめき立ち、無数の視線が集まる。国王に向けて立っているアリシアは、喧騒を気にもせず、穏やかな微笑みを浮かべていた。


「ふーん、国家反逆罪ね。私が? それって、面白い冗談だわ」


 アリシアの声は、冷徹でありながら、どこか楽しげな響きを帯びていた。挑戦的に周囲を見渡し、まるで自分を試すかのように言い放つ。その反応に、王太子セドリックの顔が赤く染まる。


「その封印具がある限り、お前の魔力は使えない! さっさと罪を認めろ!」


 王太子の声が鋭く響く。アリシアはまるで気にも留めず、ゆっくりと視線を向けるだけだった。その瞳の中には怒りも恐れもない。ただ冷ややかな微笑みが浮かんでいる。


 アリシアは挑戦的に答えた。


「へぇ、面白いわね。どんな罪を認めろっていうの?」


 その言葉に、王太子の顔がさらに歪んだ。アリシアは肩をすくめて続ける。


「証拠もないのによく言うわ。もしくは、どんな証拠があるのか教えて欲しいくらいね」


 王太子セドリックの目が鋭く細められる。怒りが頂点に達しているのがその表情から明らかだったが、対するアリシアは微動だにせず、むしろ落ち着いた態度を崩さない。それがセドリックの言葉をさらに詰まらせた。


「証拠がなくても、お前の行動は明白だ!」


 彼は苛立ちを隠しきれず、声を張り上げる。


「王太子である僕を誑かし、隣国と密通し、民を先導して国家の転覆を――」


 アリシアはぱちくりと目を瞬かせ、わざとらしく驚いた表情を浮かべた。


「なにそれ? 馬鹿なの? それとも夢でも見てるわけ? むしろ今、『証拠がなくても』とか言っちゃわなかった?」


 乾いた笑いが漏れる。周囲も息を飲む中、アリシアは肩をすくめ、淡々と続けた。


「つまり、あなたの言い分は『証拠はないけど、僕がそう思うからお前が悪い』ってことね? すごいわ、そんな理論が通るならこの世のすべてがあなたの言いなりね。……で、他に何かある?」


 セドリックの顔は紅潮し、言い返そうと口を開くも、その場の空気に飲まれて次の言葉が出ない。だが、突然、彼の口から別の言葉が飛び出した。


「なっ!? お前は僕を愛していただろう!?」


 その予想外の発言に、アリシアは呆気に取られ、しばし沈黙した後、思わず口元を手で覆い隠した。そして、こらえきれずに噴き出した笑いが場を支配する。


「……愛してた? 」


 アリシアは笑いを収めると、冷えた瞳でセドリックを見据えた。


「いいえ、そんなこと一度もないわ。むしろ、あなたみたいな自分勝手な人間に勘違いされるなんて、それだけで気分が悪いの」


 言葉が刃となり、セドリックのプライドを深々と切り裂いていく。しかし彼は、それでも何とか言い返そうとするかのように、唇を震わせている。


 アリシアは馬鹿馬鹿しいと吐き捨てて、呆れ切った顔で彼を見下ろした。


「あのね、都合のいい妄想も大概にしてくれる? あなたに興味を持ったことなんて一度もないのに、どうやったら『愛してた』なんて解釈になるのか、むしろ知りたいくらいだわ」

「そんなはずはない!」


 アリシアは唇を歪め、まるで遠巻きに見るゴミを処理するような目で彼を見つめた。


「そっちが勝手に私を追いかけ回して、気持ち悪いくらいしつこく『僕を見て』としていただけでしょ? 私、むしろずっと迷惑してたのよね」


 セドリックは言葉を詰まらせたが、それでも何とか反論しようとする。


「……お前は僕に微笑んだじゃないか!」


 アリシアは一瞬驚いたように眉を上げたが、次の瞬間には吹き出すように笑い出した。


「あははは! 本気で言ってるの? それ、単なる社交辞令よ。お客さん相手に笑顔を見せたくらいで『僕に気がある』なんて思っちゃうとか、どういう育てられ方したの?」


 アリシアの鋭い言葉に、セドリックの顔はみるみるうちに青ざめていく。その瞬間、国王である彼の父もわずかに顔をしかめ、目を逸らした。


「それに他にもあったわね」


 アリシアは追撃の手を緩めない。


「目が合ったら『僕を見つめていた』とか勝手に思い込むのもそうだけど、一番最悪だったのは、舞踏会でのことよ」


 セドリックの顔が引きつる。彼も覚えているのだろう、あの出来事を。


「私、本当に仕事で来てただけなのに、私を無理矢理引っ張り出して踊らせたわよね。あのとき、勝手に『これは運命のダンスだ』なんて顔をしてたけど、私にとってはただの拷問だったの。何より――」


 アリシアは睨みつけるような視線を彼に向けた。


「その後、自分の部下に『彼女は僕を選んだ』なんて触れ回ったの、今でも忘れられないくらいの最悪の屈辱だわ」


 国王は咳払いをして何かを言おうとするが、アリシアの目が鋭く向けられると、また目を逸らして黙り込んだ。


「いい? 貴方が理解しやすいようはっきり言ってあげる」


 アリシアは一歩彼に近づき、鋭く言い放つ。


「あなたなんて、最初から眼中にないの。むしろ存在そのものが迷惑だったのよ。自分を特別だなんて思い上がるの、そろそろやめたら?」


 セドリックはぐうの音も出せなくなり、その場に立ち尽くす。だが、しばらくしてから、低い声で反撃を試みた。


「……そうだとしたら、国家反逆の件はどう説明する?」


 アリシアは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに唇の端をつり上げた。


「あら、国家反逆? ずいぶんと立派な言葉を使ってくれるじゃない。具体的には?」


 セドリックはここぞとばかりに声を張り上げた。


「他国と密通していた証拠がある! これを見れば、どんな詭弁も通じない!」


 彼が懐から取り出した封書を掲げると、周囲がざわついた。だがアリシアは微動だにせず、むしろ面白そうにその様子を眺めている。


「証拠ね。ていうかあなた、ついさっき、証拠はないけどって言ってたはずだけど。……まあいいわ、じゃあ見せてちょうだい。どんなでっち上げを用意したのか、興味あるわ」


 セドリックが封書を開き、中身を皆の前に示そうとした瞬間――アリシアは静かに言葉を継いだ。


「その『証拠』が本物ならね」


 その一言に、セドリックの手がピタリと止まる。彼の額にじわりと汗が滲むのを、アリシアは冷徹な笑みを浮かべながら見つめていた。









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