第一章:すべてが変わった日

第一話:きっと悪い夢

 「先ほどからお伝えしておりますように、全国各地で人間の頭部が爆発しました。NHK局内にも被害者多数。死傷者の正確な人数は把握できておりませんが、日本全国で推定1億人に上るとみられ、政府はたった今、国家非常事態宣言を発令いたしました。安全が確認されるまで屋外に出ないで下さい。屋外にいらっしゃる方は物陰に身を隠して下さい。繰り返します、安全が――――えー、ここで速報です。山田首相を含む国務大臣全員が死亡。ええ!? また速報ですか、どれどれ……………………宮内庁によりますと、天皇皇后両陛下におかれましては、先ほど崩御――――――――」


 「おい、小雪! おい!」

 

 小雪の頭が、ない。

 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。

 ありえない。

 だって、ついさっきまで、ケーキを取りに行こうって、二人で……………………。


 「小雪! 小雪!」


 首から上が無くなった体を、必死に揺さぶる。

 意味はない。とっくに頭は弾け、その中身を部屋中に散らしているのだから。

 それでも、揺さぶらずには居られなかった。


 「おい、起きろよ! 起きてくれよ……」

 

 嫌だ。そんな、そんな訳。

 

 ああ、そうだ。

 そうだよな。

 これは悪い夢だ、きっと、きっと悪い夢なんだ!


 愛した人の血を全身に浴び、かつて最愛の人であったはずの肉片をかき集めながら、男はそう言ったのち、奇怪に笑いはじめた。

 

 このまま、当たり前に手に入ると思っていた。

 大好きな人と一緒に目覚めて、一緒に朝ご飯を食べ、大好きな人に見送られつつ出社し、一緒に夕ご飯を楽しみ、同じ布団で肌を寄せ合う。

 休日はカフェを巡り、子供が産まれたら、公園で目一杯遊んでやる。

 そんな、ごくありふれた希望に満ちた未来図は、一瞬にして崩れ去った。

 

 一度壊れかかった麒麟の心は、今度こそ、完膚なきまでに粉砕された。




 **********




 西暦2025年、12月24日。

 大村麒麟と若松小雪が婚約してから、一度目のクリスマスイヴ。

 際限なく降り積もっていく北海道の雪原は、一夜にして鮮やかな血に染まった。

 後世では魔法暦元年元日(諸説有り)とも呼ばれる、世界のすべてが変わった日。

 世界各地で、人間の頭部が同時に爆発した。

 

 ニュースによると、爆発した人間にはある程度の共通項があったそうな。

 ・二十五歳よりも年上であること。

 ・十四歳よりも年少であること。

 ・男性の場合、同性と自身の肛門を使った行為に及んだことがある者。

 ・女性の場合、処女でなかった者。

 以上の四点の内、ひとつでも該当した者の頭部は、文字通り弾けた。

 

 上記の特徴より『純潔事件じゅんけつじけん』とも称されるこの出来事によってすべての国家は機能不全に陥り、瞬く間に無政府主義が世界の国家思想シェアを独占した。

 韓国では深刻な食料不足に陥り、人が人を喰う地獄と化したらしい。

 中国では圧倒的な権威を誇った共産党が壊滅したせいで、漢民族と香港人・チベット族・ウイグル族などによる泥沼の内戦状態となっているそうだ。

 米国やヨーロッパ諸国、アフリカ諸国などの情報は入ってきていない。

 我々が知ることのできるのは、せいぜい東アジアの情報くらいだ。


 日本も、決してその例外ではない。

 公正党の山田昌雄やまだまさお総理大臣をはじめ、国会議員はほとんど全員が死亡した。天皇陛下を含む成年皇族の方々はみな崩御された。

 政府では今年新卒で入ったばかりの国家公務員たちが主に指揮を執り、皇位は暫定的に弱冠16歳の女系である京子けいこさまが継承している。

 主要な科学者たちはほぼ全滅。科学はトータルで千年ほどの遅れが生じてしまった。

 管理者が消えたことから、電力供給はストップ。

 現在は各地域の非常電源を稼働させ、NHKを中心に民放職員の有志が集まり国民へ情報発信を続けている。

 

 だからこうして、新聞も届かない中、俺は辛うじて情報を仕入れることができている。


 今のところ、日本で何か内戦だとか、そういった大きな動きはない。日本人の気質によるものか、それとも、単にそんなことをしている暇はないだけなのか。


 北海道の冬は、寒い。

 暖房を疎かにすれば、冗談抜きで凍死してしまう。

 だから道民は(少なくとも俺の住んでいる札幌市北区民は)地域ごとに町内会を結成し、交代で薪を採っていくことで命を繋いでいるのだ。


 ちなみに今日は俺の当番。

 薪の採取はペアを組んで行う。俺の相方は銀鏡光、字面が実態と乖離してイケメンすぎる、俺の親友だ。


 「なあ、光。今日は寒いな」

 「いつものことで草。道民はマイナス五度くらいじゃ騒がない定期」


 光は相変わらずネット用語で会話をしてくる。彼女ができないのって、きっと多分絶対そういうところのせいだよな。


 ん、彼女? 彼女…………。彼女!?

 ハハ、アハハ、アハハハハ、ハハハハハハハハ!


 「麒麟氏、どうしたンゴ?」

 「小雪、小雪、ハハハ、小雪!」

 「ハッ! おい、麒麟! 落ち着けって!」


 光に頭を殴られる。

 俺はそのまま倒れ、雪の中に体をうずめる格好となった。

 

 「…………小雪さんのことはいい加減忘れろ。あの人だって、それが望みだろう」

 

 光はそう言って、バイト先から箱ごとくすねた缶コーヒーを一本差し出してきた。

 

 「ああ……ありがとう…………すまん。取り乱した」

 「分かったなら、ええんやで」


 ……………………内面は、イケメンなんだよな。

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