第二話:復興の希望

 純潔事件から、半年後。

 

 俺はいま、小雪の墓前に立っている。

 

 頭の無くなった彼女の遺体は雪と寒さによって腐敗を防がれ、桜の花開く季節、無事に火葬することができた。

 墓地の不足と葬儀業界の崩壊を鑑み、日本国臨時政府からは土葬を推奨する旨の発表がなされたが、俺はなんだか乗り気になれなかった。

 もし小雪がゾンビなんかになってしまったとしても、俺には彼女を殺せない。責任が取れない。

 

 「責任を取るって、大事だよね」


 一緒に民法のテスト勉強をしていたとき、小雪が唐突に発した一言だ。

 その時期はちょうど心当たりがあったので、最初それを聞いたときは驚いたけれど、結局杞憂に終わった。

 あのときは人生で二番目くらいに焦った。まじで。


 ――――まだあの頃は、小雪と婚約だなんて夢にも思っていなかった。

 いや、“夢”の中ではそんなことも何度かあったけれど、そういうことじゃなくてね。

 いつかは別れると思っていた。人生、そう上手くはいかないと。

 結果、予想だにしなかった形でお別れとなってしまったが。


 もういいんだ。

 小雪が火に焚べられるのを眺めているうちに、胸にかかったモヤは晴れたような気がした。

 未練が消えたというか。たとえ何をしようと、どんな奇跡が起きようと、彼女は二度と目を覚まさない。

 そうだな、諦めがついた、とでも言うのが正解かな。


 「――南無阿弥陀仏」


 小さく念仏を唱えて、墓前から去る。

 俺は無神教だけれど、こうして墓参りがてら念仏を唱えているときはなんだか心が落ち着く。

 人生22年目にして、ようやく宗教の意義に気づけたのかもしれないな。


 臨時の墓地となっている公園から出てしばらく歩く。

 こうして新しい家々の立ち並ぶこの地域を歩いていると、よく楽しげな笑い声が聞こえてくる。

 

 “あの日”から半年。

 生き残りの官僚と大学生たちの手で組織された日本国臨時政府によって混乱は沈静化され、社会主義制度を限定的に採用した職業振り分け制度の力で、発電所や食料生産、物流など人々の生活に不可欠な産業は迅速に復旧した。

 つい先日のニュースでは、東京タワーが景気づけにライトアップされた(一日限定だが)と報じられていた。

 日本は、近隣諸国と比較しても圧倒的なスピードで復興へ突き進んでいるのだ。

 

 もちろんこの恩恵を受けているのは東京だけでない。

 俺の住むここ・札幌でもつい最近、粗末なパンと濁ったスープに代わって美味しい白飯とが配給されるようになった。


 あの日以来街から笑顔は一切消えていたが、半年という短い期間の中で、人々はここまで立ち直ることができたのだ。


 ちなみに俺は北海道庁の配属だ。

 法学部で学んだ知識、そして何より中央政府、つまり日本国臨時政府の法務大臣を務める東洋一あずまよういちとのパイプが評価されてのことだろう。

 

 洋一は俺の中学時代からの友人で、事件発生前までは東京大学法学部に在籍していた。

 大学進学後は疎遠になっていたが、事件の三ヶ月ほど前に偶然再会し、文通を始めていた。

 聞くところによれば、洋一は臨時政府の設立を主導したメンバーのひとりで、なんと国家による職業振り分け案を初めて提案したのも彼だという。

 古くからの友人が先頭に立って国を引っ張っているというのは、素直に誇らしい。

 だが同時に、彼との能力差を痛感してしまう自分も居る。


 洋一は俺のことを気にかけてくれており(表向きは北海道の戦略的価値を重要視して)、北海道へ特に多くの支援をしてもらっている。

 俺もそのお返しのつもりで、北海道独立派アホどもを上手く言いくるめ抑え込んでいる。

 本当にありがたいし、やっぱり友情って素晴らしいよね!


 ……ところで、独立派ゴミクズについて。最近その活動が活発になってきていると感じる。

 政府の目もいとわず堂々と街頭で演説し、神に選ばれし人間だとか人類浄化計画の始まりだとか頭のおかしいことを喧伝している。

 反吐が出る。小雪が、死んでいった人たちが、全員不浄であるとでも言うのか。

 どうやら全国でも似たような気狂いが沸いているらしく、警察の手が回らないのはそのせいかもしれない。


 ま、不安なニュースもあるけれど。

 今、俺は期待している。驚異的なスピードで進んでいく復興に。

 

 この目で見届けてやろうじゃないか。

 どんな困難にも立ち向かってきた、我ら人類の復活劇を。


 


 **********




 今朝、道庁には一本の通報が入っていた。

 内容は、「ウチの田んぼにヒグマがいる。助けて」とのこと。

 道庁にとってはこのくらい日常茶飯事なので、スムーズに道所属の猟銃部隊を出動させることができた。

 

 しかし。

 出動から半日ほど経つというのに、まだ帰還の報告がない。

 いつもなら遅くても二時間ほどで片を付けてくるはず。

 遅い。遅すぎる。

 もしや、と最悪の想定が道職員たちの脳裏に浮かぶ。

 猟銃部隊が敗北すること。それは、人に翼が生え空を自在に飛び回るような、ありえないこと。

 猟銃部隊といっても、その中身はゴリゴリの自衛官たちだ。

 使用しているのも猟銃ではなく、89式5.56mm小銃や対人狙撃銃M24SWSといった、殺傷力が高く射程の長い銃火器だ。

 万が一にも彼らがヒグマに屈した場合、それは彼ら以上の装備を持たない北海道民たちの全滅を意味する。

 試しに猟銃部隊の原口はらぐち部隊長へ電話をかけてみたものの繋がらない。

 疑念が、だんだんと確信に変わっていく。


 「浜田はまだ君、大村君、銀鏡君、塚本つかもと君。確認して行ってきてくれるかい?」


 宵の明星が西の空に輝く頃。

 坂本仁さかもとひとし知事が、浜田総務部長以下道職員四人に、緊急出動を命じた。

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