契り ~人類の99%が死滅した世界を,仲間と契約魔法の力で生き抜きます~
神河アサヒ
序章:契り
プロローグ:聖夜の契り
「寒い」
小雪のちらつく冬真っ盛り。
札幌の街に立っていると、思わずそう呟いてしまう。
俺は
北海道大学法学部法律学科に通う、しがない大学生だ。
東京生まれ東京育ち、生粋の都会っ子の俺にとって、北海道の冬は長く厳しい。
たかが三年住んだからといって、どうにかなるものではないと分かってる。
それでもやはり、この寒さは堪える。
住めば都、と人は言う。
引っ越して最初の冬こそホームシックを発症したが、今ではすっかり道産子の一員となった。
好きな球団はファイターズ、好きな芸能人は大泉洋、好きな食べ物はジンギスカン。
毎朝何気なくイチモニを垂れ流していたせいか、すっかり北海道の虜となってしまった。
北海道に来たきっかけは大学受験。
都内の進学校に通っていた俺は東京大学を受験したものの、僅かな差で不合格となってしまった。
一時は自殺すらも考えた。幼少期から神童だの天才だの持ち上げられてきた俺の心は脆かった。
かすり傷すら受けたことのない子供の四肢をいきなり斬り落とすようなもの。
それでも寸前で思いとどまった。自分の夢を見つけたから。
俺の夢は、弁護士になること。弁護士に学歴は関係ない。完全なる実力の世界だ。
だから今はこうして、司法試験の対策に励んでいる。
……まあ今日は、久しぶりに勉強を中断しているが。
俺には彼女がいる。
同じく法律学科に通う、俺なんかよりもずっと優秀な女性だ。
小雪は
彼女も幼い頃から神童と呼ばれていて、地元では名前を知らぬ者などいない、というほどの大天才だ。
同じ神童。同じ天才。
俺と小雪の決定的な差、それは優しさ。この一点に限るだろう。
付き合い始めて早二年、俺は彼女と過ごす内、自分がいかに高慢であったかを知った。
道端のゴミは当たり前に拾い、信号は必ず守り(左右もしっかり確認する)、老人には必ず席を譲る。
そんな彼女の優しさに、俺はますます惹かれていった。
さて。
今日は12月24日、クリスマス・イヴ。
いわゆる聖夜、街は恋人たちで溢れ、幸せがあちらこちらから漏れ出している。
かくいう俺も、この幸せ者たちの一員。
そう、今日はクリスマスデート。
この日のために、俺はバ先の同僚・
「麒麟氏は非リアの某の分まで幸せになる義務がある」と、泣きながら光は言ってくれた。
今日はあいつの厚意に甘えて、目一杯楽しもう!
……やっぱり寒いな。
待ち合わせの時間は十分ほど過ぎている。もしかして小雪に何かあったのでは、と思ったのも束の間。
「麒麟くん! 麒麟くん!」
少し離れたところから声が聞こえる。
小雪が来た。
彼女は俺に手を振りながら駆けてくる。
しかしまあ、よく道民は転ばずに走れるな。
「麒麟くん、ごめん! ほんとごめん! 待った? 待ったよね?」
「いや全然。むしろ俺が待たせたせいでどっかいっちゃったんじゃないかって、不安だったよ」
「えへへ、そんな訳ないじゃん。……とにかくごめん!」
かわいい。本当にかわいい。
ありがとう光。まじでありがとう。マジ聖母だよ光は。聖母どころかもはやキリスト。
「じゃあ、いこっか。今日は私がリードしてあげる」
「本当に? めっちゃ楽しみ」
彼女はふふんと自慢げに鼻を鳴らし、地下鉄駅に向かって大きな一歩を踏み出す。
「ちょっと待った。そっちは地下鉄じゃない? 大通公園のイルミネーションを見るんじゃなかったっけ」
「だーかーらー、今日は私がリードするって言ってるでしょ。黙ってついてきなさい」
俺は小雪に手を引かれ、そのまま地下鉄駅構内へと連れ込まれていった。
ニット帽を深く被せられ、半ば拉致のような格好で連行される。
「ねえ、前見えないよ。一体どこに連れていく気?」
「秘密」
ホームに着いたのだろうか。彼女の歩みが止まった。
大音量の音楽が流れているイヤホンを装着させられる。
クリスマスや冬がテーマの曲が聴こえてくる。
数分ほど経ち、再び彼女は歩き出した。
腰に腕を回され、押されるようにして電車へと搭乗させられる。
「小雪、どうしたの? なんか変だよ?」
「……………………」
返事は帰ってこない。もっとも、帰ってきていたとしても聞こえないのだが。
しばらくして電車を降り、階段を数十段登り、また止まった。
鼻に触れる冷たい雪の感触が、地上へ出たことを教えてくれた。
またしばらく歩かされる。
コンクリートの感触が消え、舗装路を外れたことが分かる。
もうしばらく歩くとイヤホンを外され、ニット帽を元の位置に戻された。
「眩しッ!」
「麒麟くん、お待たせいたしました!」
だんだんと視界が鮮明になっていく。
雪は止んでいた。
嬉しそうな笑顔を浮かべる小雪の背後には、満天の星空の下、黄金に輝く札幌の夜景が広がっていた。
「これは……すごいね……」
「でしょでしょ。苦労したんだからね、こんな場所探すの」
「偉いでしょ。褒めなさい」と言わんばかりの表情を向けてきたので、小雪を抱き寄せながら頭を撫でてやる。
いやあ、それにしてもすごい。
こんな景色、どんなガイドブックでも見たことないぞ。一体札幌のどこにこんな場所が?
「ほら、一緒にクッキー食べよ」
そう言って、彼女は小袋を手渡してきた。
すぐそばにベンチがあったので、そこに座って食べることにした。
クッキーを一口かじる。
途端に甘すぎない甘みと、苦すぎない苦みが口内に広がった。
絶品だ。こんなクッキー、今まで食べたことがない。
「このクッキー、おいしいね」
「えへへ、流石は専門店ってかんじでしょ。苦労して並んだ甲斐があったよ」
「……もしかして、今日ちょっと遅れてきたのって」
「うん、焼き上がりを待ってたら遅くなっちゃった。ほんとごめんね」
「いいんだよ。おかげでこうして、大好きな人と一緒に、美味しいクッキーを食べることができたんだから」
マイナーなスポットゆえ、彼らの他には誰もいない。
恋人たちは肩を寄せ合い、幸せを、クッキーとともに噛み締めた。
「でね、そのリスを追っかけてたら、いつの間にか大学の構内まで来ちゃってて――――」
「まじで!? それは災難――――」
ああ、幸せだ。いつまでもこうしていたい。
そう思いながら小雪と話していると、突然彼女の顔が固くなった。
「あのね、麒麟くん」
小雪がおもむろに立ち上がった。
「何?」
「あー、ちょっと待って、心の準備を……」
そう言って彼女は深呼吸を始めた。
こんな極寒の中で深呼吸なんてしたら、肺が凍りつくんじゃないか?
やっぱり道民、つよい。
「麒麟くん、そこに円があるじゃん。そう、足元の。そこら辺に立っててくれない?」
「これ? 分かった。ほい」
「ふう、よし!」
小雪が凍った地面に片膝をつく。
「麒麟くん、いや、大村麒麟さん。卒業したら、私と、若松小雪と、結婚して下さい!」
彼女の手元から、指輪が差し出される。
結婚!? え、結婚!?
まだ就職もしてないのに、早くない? っていうかこういうのって、普通男がするモンじゃないの?
頬をつねる。夢じゃない!
小雪と過ごした二年間が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
初めて彼女を見たとき胸に走った、雷のような衝撃。
告白が成功したときの、天に登っていくような気持ち。
初デートに遅刻してしまったときの、鬼神のようなオーラ。
函館行きの列車の中で見た、かわいい寝顔。
彼女の実家へ出向いたときの、お義父さんの顔。
小樽の旅館へ二人で出かけたときの、浴衣姿の小雪。
旭山動物園ではしゃぎ回る、小雪。
そして今日、星空の下で満足気に微笑む、小雪。
決心した。俺は、絶対小雪を幸せにする。
この人になら、一生を捧げてもいい。俺にそう感じさせる女性なんて、彼女しかいない。
「喜んで!」
差し出された指輪に、左手の薬指を通す。
愛し合う二人は、凍てつく寒さの北の大地にて、その一生を共にせんとすることを、固く、固く誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます