第5話 真実の行方
私は放課後の校門の前で、メルさんを待ち伏せした。
「何で先生を脅しているんですか?先生に遊ばれたんですか?」
何だか、馬鹿みたいな聞き方になってしまったが、私は単刀直入に切り込んだ。メルさんはその一言で、察したようだった。
「また、あなたね。もう下手なお芝居は終わりなの?先生のこと好きなんです、なんて」
彼女は私の話し方を真似ているようだった。私は顔が赤くなってきたのがわかる。
「嘘だってわかっていたんですか?」
「そりゃ、そうよ。あなたはマツモトのタイプじゃないもの」
私のささやかな自尊心がグラグラと歪む。
「で、何でわかったのかしら?」
「私は何でも調べられるAIを持っているんです」
「やっぱりね、そんなことだと思ったわ。でも、何のために、私のことを調べるの?私はあなたに何か迷惑をかけているのかしら?」
ナダルのことに驚かない、やはり、彼女も同じAIを持っているのだ。
「コバヤカワ先輩が可哀想です。進学が決まっているのに」
「だから、成績下げるんじゃない、進学できないようにね。気に入らないのよ、あいつ」
「そんな…」
「あのね、元々、マツモトに近づいた目的は、私の進学のためだったの。すぐに手を出すことをわかっていたから。案の定、簡単に進学先が決まったわ」
「じゃあ、コバヤカワ先輩は関係ないじゃないですか」
「あの女の進学予定、知ってる?」
私は頷いた。日本でトップと言われる大学だ。
「ふざけた話よね」
「先輩は頭いいですよ」
「そうね、私と同じぐらいにはね。でもね、あなたもわかっていると思うけど、模擬試験の点数に意味がなくなっているし、受験だってどんどん形だけになっている。私は絶望したわ。今までの成績に何の意味も無くなってしまうのよ。
でもね、あの女にとってはラッキーね、金があるから。あの女の親のことは知っているでしょ」
コバ先輩の親は、地元で有名な食品会社の社長だ。私は頷いた。
「あの大学に進学できる理由は、いつもバカみたいな寄付金を払っているからに決まっているじゃない。どこの学校でも当たり前のことよ。
おまけにあの女自身は、親が金を使っていることは知らない。いい子ちゃんのままに、推薦されるのよ。自分の努力が認められたとでも勘違いするんだわ。
だから、そんな風に簡単に点数をつけたマツモトにはお仕置きが必要と思ったの。お金はいくらあっても困らないしね。ついでに、あの女にも嫌がらせをしておこうと思ったの。これくらいの挫折は当然じゃないかしら?
しかし、あなたみたいな人がしゃしゃり出てくるとは思わなかったわ」
おそらく、ナダルを持っている人間が他にいるとは思わなかったという意味だろう。
「それで、あなたはどうするつもりなの?」とメルさんは続ける。
「いえ、私はただ、その、コバヤカワ先輩は関係ないと思うんです。ただのとばっちりで、将来の進路が変わるのなんて、可哀想です」
「可哀想だから、いいんじゃない」
メルの声は少し弾んでいる。
私は深呼吸をする。息を整え、ナダルが用意した台詞を話し始める。
「私は、あなたと同じ何でも調べられるAIを持っています。その気になれば、ちゃんとした証拠を集めて、公にすることもできますよ。女手一つで、メルさんを私立高校まで入学させてくれたお母さんも可哀想だな。きっとお母さんだって、メルさんがこんなことしてるって知ったら、悲しみますよ。今日も遅くまでパートで頑張っているのに。メルさんが言うこと聞かないと、一大事です」
「ふーん、私を脅迫するのね」
彼女はずっと私の方を冷たい目で見続けている。私は耐えられずに目を逸らしてしまう。逃げ出したい衝動に駆られながら、私はなんとか言葉を搾り出した。
「別に大したことじゃないと思うんです。先輩だけは助けてください、それだけなんです。メルさんが損することないじゃないですか?」
「ねえ、あの会社がゴミみたいなインスタント食品の加工を行っているのは、知っている?」
メルさんは、一度大きなため息をつき、続ける。
「少し前に大手食品会社の健康被害がニュースになったでしょう?それの下請けで作っていたのが、あの会社ってわけ。もちろん、あの女の家族は誰一人食べたこともないでしょうね。野菜はオーガニックしか食べないって顔してるじゃない。わかるでしょ?そんなところが気に入らないのよ。それだけ。あの善人ぶった苦労知らずの顔が腹立つのよね。きったない油と塩で固めたラーメンを売りさばく。そして、その金で自分たちはピカピカのお野菜と上等なお肉だけを買って食べている。あんな奴らには、少しずつ、天罰を与えてあげないとね。
まあ、でも、あなたが大切な先輩を本気で心配していることは、わかったわ。なんであなたがそこまで先輩思いなのかは知らないけど、安心していいわよ。あの女の脅迫は取り下げてあげる。どのみちマツモトだって、ちゃんと言うこと聞くかどうかはわからないしね」
彼女は首を傾けて、微かな笑みを浮かべていた。なんだか、嫌な笑い方だ。見下されているような気もするし、威圧されている感じもする。美しい微笑であったせいで、自分が感じているものが恐怖であるということに気がつくのに時間がかかった。
「ありがとうございます。一つだけ聞いても良いですか?」
彼女は冷たい笑みのまま、見つめている。何も答えない。
「ナダルをどこで手に入れたんですか?どこでダウンロードしたんですか?」
「ナダル?」
「何でも答えるAIのことです」
彼女は頷いた。
「あなたこそ、どこで手に入れたの?」
「私はネットで見つけて…メルさんも?」
「私は貰ったの。好きに使っていいって。もちろん、誰からとは言えないわ。でも、その人はこう言ってたわ。『これからは、世界がもっと面白くなる』」
彼女は私の横をスッと通り抜ける。ふわりとジャスミンのような香りが鼻をかすめた。
「私はもう行くわね。そうそう、このことは貸しだと思ってくれたら嬉しいわ」
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