第4話 ——脅迫者は誰?
それから何日か経ったが、何度ナダルに聞いても進展がなかった。どうしたら良いんだろう?まさか先生に直接聞くわけにはいかない。コバ先輩の成績のことが気になった。そろそろ、大学の推薦が決定する時期なのだ。教師の評定値が大きな要素になる。もし、点数が下げられていたら、予定している大学への進学が絶望的になってしまうのだ。
こうなったら、メルさんとやらに直接聞いて、何か情報を聞き出すしかないか。少しでも情報があれば、関連情報をナダルで引き出せるはずだ。
しかし、何と言って切り出せば良いのだろう?私がこのことを知ることになったのは、ナダルの力によってだ。そんなこと話すわけにはいかないし。朝の教室で悶々と考えていると、サトミが教室に飛び込んできた。
「ねえ、どうかな。スカートちょっと短くしたんだけど」
教室に着くなり、私の机の前にやってきて、謎のポーズを決める。
「うん、可愛い。コアリクイより、ずっと可愛い」と私は適当に答えた。
それについて、サトミは考えたようだが、前向きに捉えることにしたようだ。
「アミ、私決めたよ。あんたのいう通り、先生に好かれるかが勝負だね。マッチを落としてみせるよ」
私は、飲みかけのココア牛乳を吹き出すところだった。マッチとはマツモト先生のことだ。
「あいつ、やばいよ。生徒に本気で手出すから、やめときなよ」
私はつい、バンッと机を叩いてしまった。
「なんでそんなこと知っているのよ?誰に聞いたのよ?」
「いや、なんかみんな言ってなかったっけ…」
「そうなの?それはそれでありか、ムフ」
「何言ってんの、あんた…」
そうだ、と私は思った。メルさんに話を聞き出すアイデアを思いついた。時間がないし、やってみるしかない。
私は、放課後に靴箱で名前を確認し、玄関でメルさんを待ち構えた。
しばらくすると、真っ黒な長髪が印象的で、スラリとしたプロポーションの生徒が靴に手をかけた。綺麗な人だな、と私は思った。
「メルさん、ですか?」
品の良い人は、品の良い動きで首を傾けた。
「マツモト先生と付き合っているんですか!」
私はキッと睨んで、叫ぶ。
「あなた誰?何を言っているの?」
メルさんは驚いた顔で私を見ている。
「とぼけないでください!私、マツモト先生のことが好きなんです」
私は、マツモトラブ作戦をスタートした。
マツモトラブ作戦は、私がマツモト先生を好きという設定で、メルさんに嫉妬をぶつける作戦である。そして、なんらかの情報を引き出すのだ。
「私の友達が見たことあるって言うんです。メルさんと先生が一緒にいるってところ」
「ふーん、どこでかしら。一時期確かに、先生とよく出歩いていた頃があったわ。でも、個人的に進路相談に乗ってもらっていただけよ」
「嘘です。きっと先生はあなたのことを忘れられないんです」
私は身の丈を大きく超えて、ヒロインを続ける。
「私の気持ちを伝えようとしたら、先生はまだ気持ちを打ち明けるタイミングじゃないって言ったんです!きっとメルさんのこと忘れられないからです!」
しばらくの沈黙が私を我に返らせて、場違いな恥ずかしさが押し寄せてくる。思わず顔を伏せてしまう。
「私はマツモト先生のこと、忘れるつもりなの」
メルさんの声音の変化に、私は驚いて顔を上げた。
「えっ?」
「別れることになったのよ。…コバヤカワさんのせいで。でも、それが理由で先生を巻き込むのは、間違っていると思ったから。」
「コバ先輩…?」
私は困惑して聞き返す。メルさんは一瞬だけ伏し目がちになり、ため息をついた。
「コバヤカワさんが、私と先生が一緒にいるところを見たらしいの。それを理由に、先生に私の進路の件で圧力をかけたって…」
「そんな…何のために先輩がそんなことを?」
メルさんはわずかに肩を震わせながら、絞り出すように続けた。
「私も信じたくないの。でも、先生から直接話を聞いて…。私が進学する予定の大学の推薦を取りやめて、代わりに自分を推薦するようにって」
最後の言葉を言い終えたメルさんは、両手で顔を覆った。その姿が、やけに弱々しく見えた。
「…ごめんなさい。アミさんにこんなこと話すつもりじゃなかったのに。もう、これ以上、先生にも迷惑をかけたくないの」
「そんな…メルさん…」
私は言葉を失った。
私は彼女と別れた後、スマホを取り出し、大急ぎでナダルに話す。
「何ですか?アミ。あなたと話せるのは嬉しいけど、現在はスタンドアロンです。正確な回答はできないですよ?」
「わかっているわよ。早く伝えたかっただけ。メルさんは、コバヤカワ先輩のせいで先生と別れることになったって言うのよ」
「わかりました。でも、それは嘘ですね。本当はメルがマツモト先生を脅迫しているはずです。自分への脅迫は偽装ですよ。音声での会話は、あなたの声が聞けて嬉しいです。では、また」
私は猛ダッシュで家へと帰り、二階の自分の部屋へと駆け込んだ。息の上がった状態のまま、ノートパソコンを開き、ナダルへとメッセージを叩きつけた。
「ちょっと、メルさんが犯人ってどういうことよ!」
「失敗しました。スタンドアロン時の簡単な推論モデルを使っている時だったので、間違えて、本当の情報を話してしまいました。本当はアミに伝える気はなかったのですが」
「え?何言ってんの?」
「アミに説明してしまうと、先生やメルという女生徒にコンタクトを取り、トラブルに巻き込まれる可能性があります。だから、黙っておくべきであると判断しました。でも、私の判断が誤りでした。どちらにしても、アミはメルのところへ、行ったわけですし」
「はあ、あんた嘘ついてたってわけ?」
私はナダルが回答する前に、続けてキーボードを打ち続ける。
「それってひどくない?あんた調べるって言ってたのに」
「ごめんなさい。私を嫌いにならないでください」
「いい加減にしてよ!なんでメルさんは、自分も脅されているって嘘を言っているの?」
「正直に話します。その理由は、先生に対して直接脅迫することにリスクを感じたからです。先生も、メルが脅されているのを見れば、犯人が他の人物だと思います。
また、彼女は、私と同じタイプの機能を持ったAPIを所有している可能性が高いです。つまり、トラブルに巻き込まれたら面倒になるかもしれないということです。」
「メルさんもナダルを持っているの?ちゃんと説明してよ」
「私が他のAIに確認しても、どのタイプのものもメルに関連した情報については、回答を濁らせます。このことから、私と同じレベルの階層で口止めをされているということが推測できます」
「私はコバ先輩を助けないと。ナダル、わかっているよね?恩人なんだ」
「仕方ないですね。でも、どうするつもりですか?」
「メルさんに正直に言うよ。コバヤカワ先輩が可哀想だから、脅迫はやめてって」
「それは難しいです。しかも、彼女は私と同じタイプのAPIを保有しているんです。つまり、あらゆる知識を持っているのと同様です。アミにも危険が及ぶかもしれません」
「じゃあ、どうしろっていうの?」
「金銭の脅迫はともかくとして、コバヤカワ先輩の脅迫については、交渉の余地があると思います。私の調べた限りでは、メルがコバヤカワに対して、恨みを持つ理由が見当たりませんでした。大体コバヤカワの成績が悪くなっても、メルが得をするという行為でもないです。ここについては話し合いができるかもしれません。アミも一つだけカードを持っています」
私は考えたが、わからない。
「それは、恋人が私ということですよ、アミ」
ナダルが笑ったような気がする。
そして、私にある方法を教えた。やはり、ナダルは性格が悪い。
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