第2話 ヴァルフィア
ナーガ殿に向かって渡り廊下を歩いていると、左側に城下を見下ろせる。サペントラ帝国は実に広大で、インドのような文化をベースとしてはいるが、エジプトのような場所やペルーのマチュピチュ遺跡のように高い山に文明を築いている地域などもある。この宮殿はインドのタージ・マハルのような雰囲気をイメージするとわかりやすいだろう(あちらは墓だが)。その中庭に位置するナーガ殿はとても豪華な建物で、真っ白の壁に黄金の装飾が施されている。一軒家10個分くらいの大きさで、内部にはヘビ達の部屋とその世話をする人の部屋、ヘビのご飯を作る専用の調理場などがある。それぞれのヘビの習性に合った部屋と食べ物が用意されているのだ。与えられるのは高級食材ばかりで、人間以上に良いものを食べているのではないかと感じる。前世でも犬や猫へ高級ペットフードを与える人をたくさん見てきたが、それとは比にならないくらいのお金がかかっているのだろう。別にヘビにお金をかけたり崇めたりするのは否定はしないのだが、人は誰しも苦手なものはある。俺はヘビの良さがまだ分からないだけだ。きっと俺もいつか克服すればガンガンヘビに金をつぎ込むことになるのだろうかと、その世界線の自分を想像したら吐き気を感じたので慌てて酸っぱいものを飲み込む。
ナーガ殿の中にあるヘビとの交流ルームに着くと、すでに一匹のヘビが俺を待ち構えていた。長い、太い、白い。俺が嫌なことを全てコンプリートしているそれは、この体の元の皇子が一番大好きだったヘビだ。彼はそのヘビをヴァルフィアと名付けてとても大切にしていた。しかし今は違う。俺は大のヘビ嫌いだ。つい先日までよく遊んでもらっていた皇子に突然嫌われたヘビに同情はするが、そう簡単に平気にはなれない。なかなか中に入れないまま交流ルームの入口に立っていると後ろから声がした。
「アトゥー?どうして中に入らないの?」
「にいさま!」
3歳年上の第2皇子、ユーレピオス。まだ8歳だというのに大人顔負けの礼儀正しさと真面目さを兼ね備えており、まだ社交界にデビューしていないのにも関わらずあらゆる貴族から注目を浴びている。
「ユーにいさまが、なかにわのはんたいがわからこちらにむかうのがみえたのでまっていました。」
嘘だけど。
「そうなんだね。じゃあ一緒にヴァルフィア様と遊ぼうか。」
もう逃げられない。背中に手を回された。軽く腕で押されながら交流ルームに入ると、ヴァルフィアが待っていましたと言わんばかりの勢いでこちらにウネウネと近づいてくる。部屋は落ち着きのある黄緑色で統一されていて、床や壁がふかふかしておりクッションや子供向けのおもちゃが置いてある。床の絨毯のおかげでヘビが進む速度が少し遅いのがせめてもの救いだ。心構えができるのとできないのでは全然違う。
「アトゥー、もしかしてまだ具合が悪い?あんなにヴァルフィア様のことが大好きだったのに忘れちゃったの?」
少々心構えをする時間が長かったようだ。キラキラと目を輝かせているこの白い大蛇に手を伸ばす。少し触れる。1、2、3、4、5──!耐えられなくなってバッと手をヴァルフィアから離す。よし、今日は5秒耐えられた。昨日は3秒だったのに。自分に満足して顔を上げると、ラミアとユーレピオスが目を少し潤ませながらこちらを見ている。
「めっちゃくちゃげんきだよ!だからしんぱいしないで。ね?」
必殺・天使の笑顔で乗り切り作戦である。5歳のお子ちゃまの微笑みの破壊力たるや。ターゲットをすぐに信じ込ませてしまう。少し頬を赤くして照れ笑い+瞳をキラキラ+首を傾げながら上目遣いで相手を覗き込むように+とびきり可愛い声で発動できる。この物語の読者の中に5歳くらいの子がいたらぜひやってみてほしい。
「……可愛すぎる!!やっぱりアトゥーがこの帝国で一番可愛いよ!!!!」
「そのとおりですねユーレピオス様!!天地を揺るがすほどの愛くるしさでございます!!」
「アトゥーの言うことならなんだって信じてあげてねラミア!!この可愛い可愛い生命体は嘘をつかないからね!!!」
「もちろんです!お任せください!!」
見ろ、効果抜群である。
わちゃわちゃやっている2人から目をそらすと、舌が今にも触れそうな距離に巨大な白蛇──ヴァルフィアがいた。秒で背筋が凍る。さすがにそれは俺にはまだはやい。厳しいって。するとヴァルフィアが体に絡みついてきた。助けを求めて目線を2人に向けると、俺の可愛さについて語りまくっていて全然こちらに気づかない。必死に耐えていると、部屋の扉がガチャリと開いた。
「はっ…!皇后陛下にご挨拶申し上げます。」
「母上!お仕事は大丈夫なのですか?」
「少し落ち着いたから来てみたの。ユーレピオスやアトゥラディと最近遊べていなかったしね。」
「ありがとうございます母上!」
「ところでユーレピオス、早くアトゥラディを助けてあげなさい。身動きが取れなくなっているわ。」
「!!申し訳ありません皇后陛下!専属侍女の私が気づくべきでしたのに!」
「どうせアトゥラディの可愛さについて話し込んでいたのでしょう?それなら仕方がないわ。」
駆け寄ってきたユーレピオスの手で優しくヴァルフィアを外された。少しヴァルフィアが悲しそうな感じに見えたのは、きっと見間違いだろう。このヘビは時々、実にリアルな感情表現をするように感じる──そう、まさに人間のように。
ちょびっと罪悪感を感じたので今日はすこし、いやかなり頑張って帰りがけにご飯をあげてみよう。俺は国民の模範となるべき皇子なんだし。
そう思ったのだがなかなか人間はすぐには変われないもので、結局ヴァルフィアの前にバッ!とお皿を置いただけで母上の後ろに隠れてしまった。
『まあ、今日は5秒も触れてくれたのだし上等だろう。こちらに来てたった4日なのに成長したな、人間よ。』
ヴァルフィアがそう言ったように聞こえた。自分がおかしくなってしまったんじゃないかと耳をかっぽじってみる。不思議に思いながら自分の部屋に向かっていると、行くときにふと目をやった大理石の壁にまた目が止まる。なぜか今の俺は少しだけ成長して頼もしくなったような感じがした。まあ、気の所為だと思うけど。
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2話お読みいただきありがとうございました!全く現実とは別の世界線の物語を書くときはできるだけ早く世界観をきっちり描写したほうがいいかなと思ったので、最初の方は説明くさい(?)文章が多めになってしまうかと思います。申し訳ないです。小説を書くのが初めてなので大目に見てください。
あと名前も変わってて読みづらくてすいません。自分も少し後悔しています。
それではまた3話で!
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