第22話 甘味の行方

 それから丸3日。私はずっと眠っていた。


 死んだように眠っていたらしい私は声をかけても叩いても起きなかった。とまたも目覚めてすぐ傍にいたナズナさんにさんざん怒鳴られる。


 いきなりの事でリアクションもとれず黙っていれば、言うだけ言い終えたナズナさんはそのまま足音荒く帰ってしまった


 そのナズナさんの態度に、ハートが二つに増えたというのは誤報なのでは?と疑いながら布団からやっと体を起こした



「…別に眠りが深いってわけじゃないんですけどね。」

「ナズナの瘴気を消した影響が少なからずあるんじゃないか?」

「今は体調大丈夫なんですか?」



 両肩にサダネさんの手が置かれ、起こしたはずの体を何故かやんわりと布団に逆戻りさせられた…

 そうされた理由は、サダネさんとゲンナイさんが私を見てくるその心配そうな視線が物語っていて、私は苦笑いを零す。



「影響もないし、体調も大丈夫ですよ。というかゲンナイさんの方が大丈夫ですか?」



 顔色悪い気がするし、なんだか隈もあるような…。普通は一週間は寝込むんじゃないの?何故普通に起きてるんだこの人。まだ一週間経ってないよね?



「あぁ、まだ本調子じゃないけどな、大丈夫だよ」

「……。」



 笑顔を浮かべるゲンナイさんに私は無言でスーッと手を伸ばす。

 だけどそれは触れる直前でゲンナイさんに素早くよけられてしまった



「っあぶないな!あのな、まだ自分にどんな負荷があるかわからないのに無闇にためすな、俺は大丈夫だから。」



 どうやら浄化を試そうとしたのがバレてしまったけど「でも…」と私は食い下がる


 治せるのなら治したい。

 それにそもそも、何もわからない状態から無闇にためしたのは貴方達のボスなんですけどね



「今は自分のことだけ考えな」



 ポンと頭に手を置かれ優しい笑みを向けられれば口を閉じるしかない


 結局その日は昼近くまで布団から出ることを許されなかった…。


 ようやく部屋から出れてもゲンナイさんやサダネさんの手伝いはまださせてもらえず、元気だとアピールしてなんとか説得してもナズナさんのところへお使いを頼まれただけだった



「あれ、そういえばナズナさんはどこに?」


「ナズナはここに住んでる訳じゃないからな。前に俺と甘味食べに行った茶屋がナズナの家だよ。連日騒がしかったからさすがに今日は安静にしてるはずだ。まだ腕の傷も完治した訳じゃないしな」



 そういえばそうだった。ナズナさんとナス子さんはここには住んでないんだっけ。

 ご飯は一緒に食べてるから時々忘れそうになる。


 それにしても腕の傷か…あればっかりは浄化どうこうの問題じゃないし、お医者さん頼みになるしかない。

 さっきまで騒いでいたから怪しいものだけどちゃんと安静にしていられるのだろうかナズナさん…



 「じゃこれ頼むよ」とゲンナイさんから巾着に入ったお金と、甘味がいくつか書かれたメモを渡され私は「お任せください!」と元気よく頷いた



「それとついでに、ナズナの様子も見てきてくれると助かるよ」



 ゲンナイさんもナズナさんがちゃんと安静にしているか心配なのかな、と思ったけど。どうやらそんな雰囲気の笑顔ではなく…

 「きをつけてな」と手を振り爽やかに笑うゲンナイさんの笑みはどこか含みがあるようで…少し疑問に思いながらも私は「行ってきますね!」と手を挙げた






ーーー






「アオモジさんこんにちは」

「あら由羅ちゃんだっけ?おつかいかい?」

「はい!このメモにあるものをお願いします!」



 茶屋『カスミソウ』へ着き、元気よく返事をしてメモを渡せば、そのメモを見た瞬間、アオモジさんの目が驚いたように少し見開かれた。

 うん、わかります。書いてある甘味の量が普通ではない、と私でも二度見したもの。


 何種類もの甘味がすべてダース単位で書かれていたけれど、一体だれがこんな量を食べるのかと疑問に思う…


 とりあえず後で聞こう。と私はその疑問を頭の隅に追いやっておく



「いつもよりちょっと多いね!包むのに少し時間かかるから座って待っといて!」



 近くの長椅子を差されおとなしくそこに座って待つ。

 いつもよりちょっと多いって言っていたけど…ちょっとなの?え、ほんとに?

 もしかして毎回こんな量を頼んでいたりとかするんだろうか


 座って待ちながらそんなことを考えていると、手早く作業しているアオモジさんの奥にある階段からナズナさんがこちらに近付いてくる様子が見てとれた

 顔色は良さそうだから、ちゃんと安静にしていたのだろう。ゲンナイさんにいい報告ができそうだ。と少し安堵しながら目の前まできたナズナさんに声をかける



「こんにちはナズナさん。私がきたの分かったんですか?」

「声が聞こえた」



 どこかバツの悪そうなその顔に、今朝怒鳴り散らしたことを気にしてるのかな?と察する


 大丈夫ですよ~、気にしてませんよ~。ナズナさんのガキマインドには慣れましたよ~



「お前、今失礼なこと考えてんだろ」

「え、嘘…。耳がいいとは聞いてましたけど、心の声までは聞こえないはずですよね?」

「顔に出てんだよ顔に!」

「あぁすみません、次からは気をつけます。表情」

「思考の方を気をつけろよ!」



 大きな舌打ちをしたナズナさんは何故か私の隣に腰掛ける。え、何故?部屋に戻って安静にしてなきゃいけないのでは?


 無言で何も言わないナズナさんが何を考えているのか推理するも、わかるはずはなく。お手上げになった時、アオモジさんが大きな包みを三つ持ってきた。

 わぁ、覚悟はしてたけどやっぱり大荷物だな



「お待たせしたねぇ、ほいナズナ。運んでおやり」

「え、いやそんな大丈夫です!ナズナさんは今日安静にしてないとーー」

「いいんだよ、もう元気なんだから。それにこの子も荷物持ちするつもりで待ってたんだからね」



 にっこりと笑うアオモジさんの言葉に、え、そうなの?とナズナさんを見てみるけど、既にそこに姿はなく、ナズナさんは包みを持ってもう外に向かっていた。

 私は慌ててアオモジさんに頭を下げて御礼を言うとその背中を追いかける



「ナズナさん!ダメですよ腕まだ完治してないのに!せめて私にも持たせてください!」

「いいんだよ。こんなもんどうみてもお前ひとりで運べる量じゃねぇし。ゲンナイのやつは俺に運ばせるの見越してんだから」



 「そうかも、しれませんけど…」と妙に納得する。

 確かに中にタイヤでも入ってるのかと思うほど大きな包みが三つ。大きさもだけどこの重さはさすがに持てそうにない。ゲンナイさんの含みのある笑みはこのことだったのだろうか。

 だけども、それとこれとは話が別だ。


 「一つくらいは持ちます」と身を乗り出せば、ナズナさんは無言で包みを一つ渡してきた。ズシリと予想より重いそれに「うっ」と私の口から呻き声が漏れる


 ナズナさんは平気そうな顔で持っていたのにこんなに重かったなんて…トキノワまでもつだろうか…。と自分の腕力に自信を無くしかけた時、袋が私の手から離れ、ナズナさんの元へ返っていった


(……。)


 結局全て持ってもらってしまった…

 だけどここは…ナズナさんの無言の気遣いに、素直に甘えておこう…


 私が御礼を言おうと口を開くよりも早く、ナズナさんが「今朝は悪かったな」とポツリと呟いた。

 まるで鳩が豆鉄砲を食った顔が如く唖然とする私にナズナさんは顔を顰める



「なんだその驚いた顔は」

「…まさか謝られるとは思いませんでした」

「チッ」

「それに…私が目を覚ました二回とも。ナズナさんが傍にいたってことは、それだけナズナさんが私のこと気にして見に来てくれてたってことですよね」

「…お前が倒れたの俺のせいだしな…」

「ナズナさんが怒鳴ったのも、心配の裏返しだってわかってますから平気ですよ」



 だから謝らないでください。と笑えば、ナズナさんの眉が珍しく下がった気がして「…大丈夫なのかよ」と案じられたことに今度は素直に頷いた


 あぁなんだろうこの感じ…。近所の天邪鬼悪ガキ少年がふとした瞬間垣間見せた素直さにほほえましく思うようなこの気持ち…


 ナズナさんも成長しているんですね。なんてまた失礼なことを考えてしまったので表情を読み取られないうちに私は話題を変える



「ところで、ナズナさん。これ随分な量の甘味ですけど。一体誰が食べるんですか?」



 ずっと気になっていたことをついに聞けばナズナさんは「あー」と上を向いたあと「ゲンナイ」と短く答えた。

 なんとなくそうかな、とは思っていたけど…



「ゲンナイさん一人でですか?」

「まぁ多少は来客用とかもあるだろうけど、ほぼゲンナイだな。あいつ人より眠らねーくせに人より頭使ってっから甘いものは必須なんだとよ。まぁ単純に好きだからってのもあると思うけどな」



 確かに甘味を食べた時のゲンナイさんの顔は幸せそうだった。と一緒に出掛けた時のことを思い出して「なるほど」と私は頷いた

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