第15話 元凶はいつも煙の奥にいる

「来たね。由羅」



 旅館へと赴き、昨日の記憶を辿って入った時成さんの部屋で、頼まれていた書類を手渡した私に「サダネを手伝ってくれて嬉しいよ」と時成さんがお礼を言ってきた。

 予想外の時成さんの言葉に、少し驚きながらも私は首を横に振る。



「お世話になっているので、これくらい当たり前です」



 そう言って、用は終わりとばかりにそそくさと部屋を後にしようとすれば、「由羅」と名前を呼ばれギクリとする。



「これからの事を話そうか」



 キセルの煙をフー、と吐きながら時成さんに視線で射抜かれ、私は戸に向けていた体を戻す。

 頭に浮かぶのは自分が時成さんに消されてしまう最悪な映像…。どうやら覚悟は決めておいた方がよさそうだ。


 何ごとも予測しておくにこしたことはない。



「分かったんですか?歪みの原因と、光を取り除く方法…」

「うん。色々と話すことはあるんだけどね。その前に試したい事があるんだよ」

「試したいこと?」


 疑問符を浮かべる私を一瞥すると、時成さんはトン、と灰皿にキセルの灰を落とし、座椅子から立ち上がった。

 部屋の隅まで歩き天井から垂れている紐を引っ張ったかと思うと、ーギィィ…と鈍い音を立てて、そこから天井裏へと続く梯子が現れる。


 …昨日の地下室といい、隠し部屋が好きだなこの人。というかここ旅館の一室じゃないの?いいの?勝手に…



「おいで」



 考えている間に既にいない時成さんの声が天井裏から聞こえてきて、素直に梯子を登りそこへと足を踏み入れた


 狭そうだと思っていたそこは意外にも広く、昨日の地下室とは違い小綺麗に整えられている。

 なんだか近代的な機械のようなものもいくつかあるけどこれは普通なのかな。まだこの世界の感覚がわからない…



 部屋の一番奥に座る時成さんの前には座布団がひとつ置かれていて、そこに座ればいいのかな、と近づくと

 時成さんが私をじっと見つめ、私の一挙手一投足を観察していることに気付く



「…なんですか?」



 その意図が分からず聞いてみたのに、時成さんからはー「良かったね」と答えになっていない返事をされ首を傾げた



「この部屋は、私以外が入室すればその瞬間、存在自体から消滅してしまう仕様だったのだけど、由羅は私の光が体内にあるからか大丈夫なようだね」


「……え?まさか。分からないまま私をここに入れたんですか?」


「うん。だから『良かったね』と言ったんだよ」



 愕然とする。

 え、まさか私今…一歩間違えれば消滅していたかもしれないの?

 いつのまにかとんでもなく危険な実験を強いられていたの?試したい事ってこれ?



「事前に言えば無駄に神経をすり減らすと思ってね」



 胡散臭い笑みで言うその顔に拳を叩きこむ方法を教えてください。


 確かにそうかもしれないけどさ、事前に知ってれば神経どころか恐怖でこの部屋に入ること自体無理だったかもしれないけどさ!

 なんだか腑に落ちない!というかそもそもこの部屋はなんなんですか!


 色々と疑問や不服の感情を目で訴えてもさして気にもとめていない時成さんは、「さて、話をしよう」と私を見る。


 諦めのようなため息を小さく吐いて私は時成さんの前に置かれた座布団に正座した



「頑張って由羅にも理解できるよう簡単な言葉を使うから安心してね」



 その気遣いがもうすで安心できないし苛立つのだと誰かこの人に教えてあげてほしい。



「昨日、由羅が歪みであると同時に私の光を体内に取り込んでしまった存在だと分かったわけだけど…あのあと色々と考えてね。解決策が見えてきた」


「解決策…?」


「…まず順を追って説明するとね。由羅、君の中の光はこの世界の歪みとの『共鳴』を求めている」

「はい?」

「つながってしまっているんだよ。君の歪みと、この世界にもともとあった歪みがね」

「つ、つまり…?」

「こうなるとね複雑すぎて難解すぎて私にはお手上げになってしまったね」

「え…ちょ、よくわからないんですけど、解決策が見えてきたんじゃないんですか!?」



 今言ってたじゃん!なんなの、嘘だったんですか?



「私にはお手上げだけど解決策は見えているよ」

「…すみません言っている意味がさっぱりなんですが…」

「だからね。由羅、君が解決するんだよ」

「…はい?」

「光は本来、歪みを直す道具でもあると言っただろう?それを君が持っているからね。それに、君が持っていることによって利点も生まれた」

「利点…?」

「うん。由羅のおかげで、この世界の歪みを直すために、本来 犠牲になるはずだった者達 も救うことができるかもしれない」


「ぎ、犠牲になるはずだった者達?」



 そんな人達がいたの?と初耳の事実に驚いていると、時成さんは小さく頷き「トキノワの子たちだよ」と平然と答えた。



「トキノワって…サダネさん達…?」

「そう、サダネやゲンナイ、ナズナ達」

「ぎ、犠牲って…どんな…」



「サダネ達はね…この世界の歪みである異形を倒すことのできる、唯一の者達だったんだ。由羅の世界のゲームでいうところの勇者とか主人公というやつだね」


「あ…」


「あの子達は一様に異形と“縁”のようなもので結ばれてしまった過去があってね。そのせいであの子達の体内にはー異形の一部、『異形の塊』ーがあるんだよ。そしてそれは、異形とつながってしまっている。つまり異形は、“あの子達にしか消すことができないと同時に、異形が消えればあの子達も消えてしまう”ということになる。」



 え…?なに?それって。異形を倒し消すことで、世界の歪みを直すと同時に…かわりにサダネさん達もその存在ごと消えてしまうってことだよね…


 いやそんなの…許される訳ないでしょう…!



「っ…そ、それ…サダネさん達は…知っているんですか?」


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