第14話 寝起きドッキリ

「ん…」


 なんだろ、あったかい…


 色々な意味で騒がしかった初日から一夜明け、眠りから徐々に覚醒していく頭の中…


 なんだか体の片側がやけに温かい気がして、なんだろう…と私はそちらに視線を向ける。



「お・は・よ!」


「っぎゃあああぁぁ!」



 そこには、パチリとウィンクをしてハートを飛ばすナス子さんの顔が至近距離にあって、私は寝起きとは思えないほどの声量で悲鳴をあげた。



「っどうしました由羅さん!」



 下の階からパタパタと階段を駆け上がる音の後に、スパンと戸が開かれて焦った顔のサダネさんが現れると

 半泣きの私とニコニコと私を見てくるナス子さんに、瞬時に状況を理解してくれたのか、サダネさんは目を細めた。



「…何をしてるんですかナス子さん」

「だぁって~昨日一緒に湯屋に行くの禁止されちゃったから~!せめて起こすついでに寝顔見よっと思ったんだけどあまりにも由羅ちゃん可愛いくて、添い寝しちゃった!」



 ちゃった!じゃないんですよ!

 可愛いく言ってもダメです心臓に悪い!


 驚きに騒ぐ心臓を手で押さえながら声にならない反論をパクパクと口を動かしながらなんとか伝えようとしていれば、サダネさんが呆れた様子でため息を吐いていた。



「ナス子さん。無節操も大概にしてください。」



 「今後一切由羅さんへの添い寝は禁止です。」と言いつけたサダネさんに「え~!そんなぁ~!」とあきらかに不服そうにナス子さんは頬を膨らませた。


 私はやっと落ち着いてきた心臓に安堵しながらも、ナス子さんが本当に言う事聞くのだろうか、と少し心配になる。

 怪訝な視線を送っていると「一応ナス子さんは俺の部下になるので、こう言っておけば逆らう事はありません」と思考を読まれたのか、そう言ったサダネさんに苦笑いをこぼした。



「由羅さん、私の監督不足でした。申し訳ありません」

「そんな!昨日からずっとお世話になりっぱなしでこの部屋も使わせていただいて、謝るのはこっちです!」



 そう、昨日夕食を食べ終えたあとも、身の回りの世話から布団の用意までしてもらい、まさに至れり尽くせりだったので、もはやサダネさんには頭が上がらない。

 いつのまにかいなくなり、全然姿を現さない時成さんとはえらい違いである。



「ナス子さんも、いきなりは凄くビックリするのでこれからは事前に言ってくださいね?」

「…え、それは事前に言えばなんでもしていいってこと?」

「なんでも、とは言ってないです」

「なんて天使なの由羅ちゃん、あ、やば。鼻血が…」



 ゲヘヘ、と聞こえてきそうな笑い方をしたナス子さんの頭にサダネさんがゲンコツを落としていた。

 「いたぁーい!」と叫ぶナス子さんに「調子にのらないでください」とサダネさんが諭していたけど、その後も着替えようとしたところをナス子さんが覗いていたりと、なんだか朝から凄く疲れた。


 なんとか一人で朝支度を終えて、台所につけば、サダネさんとナス子さんが既に食卓についていた。



「あれ、ゲンナイさんとナズナさんはまだ寝てるんですか?」



 サダネさんが渡してくれた汁椀を受け取りながら疑問に思った事を聞いてみる。

 昨夜遅くまでゲンナイさんの部屋で何か話しをしているようだったけど、まだ部屋にいるのかな?呼んできた方が良いですか?



「いえ、あの二人は今自警団の仕事で出ています。」

「猫魔がねぇ~出たらしくて、町のはずれなんだけどね~」

「え!?こ、この町に出たんですか!?」

「はい。ゲンナイさん達がすぐに追い払ったので町に被害は出なかったんですが、そのまま追いかけていったようで、まだ帰ってきてないんです。」

「え。だ、大丈夫なんですか?」

「おそらく大丈夫ですよ。よくある事なので」

「だいたい月数回はこんな事あるよね〜」



 私がぐーすか寝てる間にそんな事があったなんて…。というか異形が襲来してくるのってそんな頻繁にあるの?いや普通に怖い。

 よく皆、普通に暮らせてるな…。



「安心して由羅ちゃん!この町には自警団があるし〜私もサダネさんもいるからね〜」

「…他の町には異形は襲来しないんですか?」

「昨日の馬鬼のような目撃情報などはいくつか他の町にもありますが…ここ数年はこの町にしかほぼ襲来してませんね。」

「おかげで対処しやすいって皆言ってるよね〜」

「この町ばかり襲われるのはどうしてなんですか?」



 私が読んだ本には、異形は襲うけど、食べたりするわけじゃないと書かれていた。

 つまりそれは食料を求めての行動ではなく単純な破壊ということを意味していて…それがこの町に集中しているなら、その異形にはこの町を襲う明確な理由があるようにも見える…。



「んー、多分。時成様が何かしてるからだって言ってた。」

「な、何かってなんですか?」

「よく分かりませんが、自警団がいるこの町周辺に異形が集中するように対策を施しているらしいです。完璧というわけではないらしいですが…」

「他の町に被害がでないようにしてくれてるの!本当に時成様には感謝しかないよね〜!」



 …時成さんが施す対策ってなに?なんだかとても怪しいのだけど…。あれかな?異形が好む匂いとかこの町にまいてるとか?…いやだめだ。分からない。



「まぁ詳しいことは私たちより、ナズナやゲンナイさんの方が詳しいと思うよ~」



 こっちは貿易中心だから!と元気よくそう言ったナス子さんに納得する

 そういえば仕事なんとなく分かれてるんだっけ。…あの二人が帰ってきたら色々聞いてみよう。



 食事を終えた後、せめてさせて下さい、と名乗り出た食器などの後片付けの途中「由羅さん」とふいにサダネさんに呼ばれる。



「なんですか?」

「すみませんが、それが終わったらで良いので時成様の所へお使いを頼んでも良いでしょうか」



 由羅さんに持ってこさせるように、との事だったので。と申し訳なさそうに眉を下げ頼んできたサダネさんに二つ返事で私は頷く。



「もちろんです!お世話になってる身ですし、なんでも言ってください!」

「ありがとうございます。いくつか書類を持って行ってほしくて。時成様はいつもの旅館におられると思うので」



 よろしくお願いします。と机に書類を置くとサダネさんは忙しそうに駆けていった。


 ナス子さんも何処かへ行ってしまったし、サダネさんは此処で一人、貿易のほぼほぼをしているらしい。

 想像しただけで何度も過労死しそうだ。

 少しでも助けになれるよう頑張ろう、と意気込んで私は片付けの手を早めた。



 でも、わざわざ私に持って来させるよう言ったってことは…私の歪みの原因と私の中から光を取り除く方法が分かった、ということだろうか…



 なんだか少し嫌な予感がする。


 もし意外と簡単に私から光を取り除く事ができたら、時成さんにとって私は『時成さんの大事なものをもう持っていないただの歪み』という存在になってしまってーー


 ーーつまりそれはもう…時成さんにとっても、この世界にとっても不要なもので…

 私の意思なんて無視して、さっさと存在ごと消されてしまったりするんじゃないだろうか……。


 人の気持ちが理解できなさそうな、そもそも人間かも怪しいあの人なら、全然有り得る話である。


 自分が存在ごと消される想像が頭に浮かんで、動揺と恐怖で少しだけ震えだした手をぎゅっと握る…。


「……。」


 片付けが終わってしまった…。

 書類を手に取り、どこか憂鬱な気持ちのまま私は時成さんのいる旅館へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る