第13話 変態キュートガール

 なんなんだよ、あの女…。


 自然に寄る眉間の皺はそのままに、目の前の戸に手をかけようとすれば、スッとそれが自ら少し開いてみせると中からまだ動揺が見てとれるゲンナイが顔を覗かせた。



「ナズナ…」

「よう、ゲンナイ。どこまで思い出した?」

「あいにくまだ、1日目のメモも読みきれてないな。あの子は誰なんだ?」

「時成様が連れてきたんだ。新しい小間使いらしいが…よりによって女。しかも相当変な女だ」

「はは、そうだな。あんな風に言われたのは初めてだ」



 眉を下げて笑うゲンナイに小さく舌打ちすると、戸がさきほどより開き、部屋から完全に出てきたゲンナイに首を傾げる。



「あ?まだ全部思い出してないんだろ?」



 飯食うの?と聞けばゲンナイは頷く。



「大きな事件は?」

「あの女のこと以外はねぇな」

「そうか。ならいい。食べに行こう」



 面白そうに笑うゲンナイに俺はポカンと口を開ける。嘘だろオイ…。

 今まで絶対に記憶を思い出すまで部屋から出てこなかった、あのゲンナイが…。自分の記憶より、あの変な女の観察を優先しやがった…!


 最悪だ…明日はきっと雨が降るだろう。

 なんて女がきやがったのか、と俺はもう一度舌打ちをした。






ーーー






 「遅れてすみません!」と台所に入れば、そこにはサダネさんともう一人、見知らぬ女の人がいた。



「由羅さん、こちらナス子さんです。主にここでの食事の用意と貿易の方の仕事をしてくれています」



 サダネさんが間に立って丁寧に紹介してくれたその女の人は

 黄色味がかった白髪のくりくりショートヘアに、大きなパッチリとした目が可愛らしい小柄な女の人だった。


 うん…もう慣れたよ。ここの人たちの顔面偏差値の高さには…。もうだめ、すっごい可愛い。お人形さんみたい…。



「はじめまして由羅です。今朝この町にきー」

「ねぇ、それもしかして私の服?」

「…あ、はい」


 

 言葉を遮って聞いてきたナス子さんに反射的に頷く。

 そういえば私が着ているこの着物、ナス子さんという方のだった。と慌てて「ごめんなさい勝手に」と謝りながら頭を下げる。



「いいのいいの謝らないで?むしろありがたいというか、こちらが御礼を言うべきというか~!」

「え…?」

「こんな可愛らしいお嬢さんの柔肌を私の着物が今まさに包みこんでいるかと思うと…喉奥から湧き出る汁に抗えないというか~下半身の興ーー」

「ナス子さん。食事前ですよ」



 「控えてください。」とサダネさんがナス子さんを諭す。


 ん?あれ?見間違いかな?

 可愛らしい女の子だったはずだけど、なにか変態的なことを言いながら、涎を垂らして目を血走らせていたような…


 (き、気のせいだよね)とサダネさんに促されるまま席へと座れば、狙ったとばかりに隣にナス子さんが座ってきて、そこからの視線が痛い気がしないでもないけど…きっと気のせいだ。



「気のせいじゃねーよ」



 ガタン、と椅子を引いてナス子さんとは反対隣へ座ってきたナズナさんの言葉に、私は恐る恐るナス子さんの方を見る



「わぉ!目ぇ合っちゃった~!由羅ちゃんは何歳くらいなのかなぁ?食事は何がすきぃ~?ごはん食べたら女の子どおし一緒に湯屋へ言って肌をかさねーむぐっ!」



 ハァ…ハァ…、と息を荒くしながら迫ってくるナス子さんに若干の恐怖を感じた時、

 ーースポポポン!とナス子さんの口に大量のたくあんが押し込まれた。



「ナス子やめてくれ。飯がまずくなる」



 向かい側に座ったゲンナイさんがどうやらそれをした様で、その手にある箸にはたくあんが装備されていた



(なんてすごいコントロール…!)



 漫画とかで見るような、忍者が投げる手裏剣のように寸分たがわずナス子さんの口に収まっているたくあんに感動していれば、ナス子さんが不服そうにポリポリポリと一生懸命にたくあんを咀嚼していた。なんか可愛い…



「え、というかゲンナイさん。もう良いんですか?」



 もうメモ読み終わったのだろうか、だとしたら早すぎない?と不思議に思い聞いてみれば「まだ思い出してはないけど、腹が減ったからね」と爽やかな笑顔を返されて納得する。

 確かにお腹空いたらどうしようもないからな。


 ナズナさんがジト目でゲンナイさんを見ながら「嵐が来るな」と小さく呟いたのが気になった



「由羅さん白米はどのくらい食べますか?」


「あ、普通で…じゃなくて自分でやります!」



 しゃもじ片手に聞いてきたサダネさんに謝りながら慌てて席を立つと「大丈夫ですよ」と適量にご飯が盛られた椀を渡された



「すみません。ありがとうございます」


「おい由羅。俺様の米を盛れ!」

「ナズナ、自分でやれ」

「そうだよ我儘~!」



 突然の命令に驚いたものの、すぐさまゲンナイさんとナス子さんに注意されたナズナさんはチッと大きく舌打ちすると、私のお米を自分の椀に移し変えた


 うわ、ここに子供がいる…!


 またもゲンナイさん達に怒られだしたナズナさんを見ながら

 どうして神様はこんなにも綺麗な外見の中身をこんなにガキっぽくしてしまったのだろうかと切なくなった。

 せっかくの美人が台無しである。これが宝の持ち腐れ、と呆れていれば「ん~!その呆れた顔もいいねぇ~!」と横からナス子さんの声が聞こえてきて、ぞくっとする…



「…由羅ちゃん。もう説明されているかもしれないが、ナス子は女の皮を被ったド変態の男だから気を付けてくれ」



 心底不快だ。という顔で言ったゲンナイさんに絶望する。

 なんとなく気付いてはいたけど…こんなにかわいい顔してるのに…と少し悲しくなる。



「ちなみにナズナさんととナス子さんは従兄弟です。」

「あ、それはなんとなくわかる」



 外見と中身が一致してないとことかどうりで似ている、とサダネさんの言葉に無意識にコクコクと頷けば、両隣から同時に抗議の声が上がった



「このド変態と一緒にするな!」

「このクソガキと一緒にしないで~!」



 きれいにハモッた二人は眉間に皺を寄せた後、今度は同じおかずに手を伸ばしていてー


 私はとうとう我慢できずに笑いが零れた



「ぷっ、ふふ、そっくり!!」



 動作と表情のシンクロ率が神がかっている二人に堪えられずに笑い声をあげれば、つられる様にサダネさんとゲンナイさんもおかしそうに笑い声をあげた。


 笑い声が溢れる空間でふと私の頭を過ぎる



(そういえば、時成さんはどこへ行ったんだろう…)

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