第9話 君の世界に、私はいたのかな?
「そうだね。なら場所を変えよう。こっちへおいで」
キセルの火を消し懐にしまった時成さんは、立ち上がると部屋にある押し入れの戸をあけた。
一瞬押し入れで話をするのか、と疑ったけど、そこに屈んだ時成さんは床のへこみの部分をカチリと押し、一度沈んだそれが取っ手となって浮き上がってきた。
隠し戸だ!、と衝撃を受けていれば、時成さんは慣れた手つきでその取っ手をを横へとスライドさせ、鉄と板の擦れる重々しい音と共に、そこに地下へと続く階段が現れる。
「ここならある程度、聞かれはしないからね」
確かに隣の事務室にはサダネさんがいるし、ここでは説明はできないのはわかるけど…
地下室なんて場所慣れていないから多少怖いものがある。大丈夫かなこれ閉じ込められたりしないよね
そんな私の心配をよそに時成さんはすたすたと地下への階段を下りていて、この人が後ろを振り返らず進む人だったことを思い出し、私は慌てて後を追ったーー
ーー地下に入れば、そこは当然のように暗闇だった。
数時間前に落ちた穴を思い出し、ブルッと身震いしながら、灯りはないのか、と聞こうとするとーー
ーーシュと何かが擦れる音がして時成さんの前方がぼんやりと光る。
多分ろうそくだろうそれに少し安心しながら階段を慎重に下りると広い場所へついた。
地下の部屋らしきそこに、ひとつある行灯に火が灯るとその場所の全容が見えてくる。
床も壁も土がむき出しのそこは部屋と呼ぶにはいささか違うような、ただ無造作に転がる何かの荷物に倉庫みたいなものかな、と納得した
よいしょ、と木箱に腰掛けた時成さんに倣うように私も近くにあった箱に座る
「さて、どこまで話したかな」
「あなたの本来の職業からです」
「そうだったね。職業…というか、役目と言った方がいいかな。私にはやるべきことがあってね」
「やるべきこと?」
「世界の歪みを直すことだよ」
せ、世界のゆがみ…?
一体なんの話?と顔を顰める私に時成さんは「うーん」とどう説明するかを考えているのか、顎に手を置きながらどこでもない空間を見つめた
「例えばね目の前にいくつかの歯車があったとしようか。」
「は、はぐるま?」
「うん。それらはすべてつながっていて、どれかひとつでも壊れたり止まってしまったら他すべての歯車の調子も変わってしまう。私の役目は、その歯車達の歪みを直す修理屋みたいなものなんだよ。」
「え、っとつまりその歯車のひとつひとつが世界というもので…時成さんの役目は歪みがある歯車、その世界へと行ってそれを直すこと…?」
じゃあ時成さんも私と同じで、もともとこの世界の人間じゃないということだよね。まぁ時成さんは人間ですらないのかもしれないけど…
「その時成さんが今、この世界にいるってことはこの世界に歪みがあるってことですよね?」
「そうだね。10年ほど前、歪みの気配を感じてこの世界にきたのだけれど、その原因がなんなのかまだ不明でね。いつもなら世界に入ると同時に、原因も解決法もすぐわかるのだけど、この世界の歪みはなかなか複雑なようだね」
「普通に、この世界の脅威となってる『異形の動物達』が原因じゃないんですか?」
それ以外にないのでは?と思い聞いてみたけど時成さんは「そうだねぇ」とどっちつかずの返事をして、懐からキセルを取り出しそれに葉を詰めだした
…この人結構な頻度で煙吸ってるな。体に悪いですよ。でも人間じゃないから関係ないのかな、と思考がずれかけた時、キセルから煙が出始め時成さんが言葉を続けた。
「私も異形が歪みの原因だと仮定して自警団を設立したりと色々してはみたんだけど、異形は数百年前から存在したというし、今さら歪みの原因になるのかな、となかなか確信がもてなかったんだよ。ほんのさきほどまではね…」
「…さきほどまでは?」
「隣町でね。馬鬼が出たと情報があったから試しに見に行ったんだよ」
「馬鬼…確か馬のようなバケモノ」
確か甘味屋でも目撃情報があったとか聞いたけど、試しに見に行くって…そんな気軽な感じで異形は見に行ってもいいものなのだろうか。危険じゃないのか。見た目的にはまったくそうは見えないけど実は時成さんものすごく強いとかあったりするの?
「馬鬼を見た私の目にはそれが今までと明らかに違うように映ってね。」
「今までと違う?」
「うん。この世界の歪みはこの異形達で間違いないと確信した。」
早々にすべて丸投げして消えた理由が分かってよかったけど、じゃあもう問題ないのでは?
異形という歪みを解決したら時成さんの役目は終わるんだよね
「だけどね、また新たな疑問が生まれる。どうして私は、由羅がこの世界に現れたその日に歪みが異形だったのだ、と確信がもてたんだろうね」
・・・そういえばそうか。え、なんでですか?私と異形の歪みになにか関係でもあるの?
まずい、ちょっと動揺してきた…
自分を落ち着かせるように深呼吸をすれば、鼻から時成さんのキセルの煙が入りすこしむせる
「おそらくね…由羅。君が来たことで、この世界に新たな歪みが発生してしまったからだと思うんだよね」
「え?あ、新たな歪み?」
「異世界から来たことも、そんなことができた君自身も不可解だからね。つまり君は、この世界にあったもともとの『異形の歪み』とは別の『この世界に新たに生まれた歪み』そのものになる」
「…私が?…歪み?」
結構衝撃的なことを言われたのに、歪みがいまいち分からないせいで理解が追いつかない。
歪みである自覚もない。だって私はほんの朝方までただの社畜OLだった。
「新たな歪みの発生によってもともとあったこの世界の歪みが浮き彫りになり、私の目に確信が持てた。のではないかな、と私は思う」
理屈は分からないけどね。と話す時成さんの言葉を理解する余裕もなく、ただ愕然としている私を、まるで観察するように時成さんはじっと見つめ、木箱から腰をあげると「さて」と一歩私に近づいた
「ここからは少し難しい話をするよ由羅。私なりに、由羅がこの世界に来た理由を考えてみたんだけどね。私の中にひとつの仮説が生まれた。」
「仮説…」
「本来、世界を移動するなんてことが私以外にできるとは思えない。私ですら自由に世界を行き来することは敵わないし、私が世界を移動するのは歪みが関係する時だけだからね。だけど君は突然この世界にやってきた。そこで、聞きたいのだけれど…」
スタスタとこちらに近寄ってきながら、ずいっと詰め寄ってきた時成さんは、にっこりと胡散臭い笑みをその顔に浮かべた。
「君は君のいた世界で、私を見たことがあるかな?」
「・・・はい?」
意味不明な質問に思わず眉間に皺がよる。
時成さんを私のいた世界で…?ってそれはつまり社畜として日々を過ごしていたあの世界で時成さんを見たことがあるかってこと?
この胡散臭い笑みをする時成さんを?私のいた世界で?
「うん。この世界で由羅は歪みだからね。だとすれば、由羅がいた世界でも君は歪みだった可能性がある。そうなると歪みの原因である由羅に接触するためその世界に私がいても不思議ではないからね。そしてなんらかの理由があり私が由羅をこの世界へと転送してしまったのかもしれない。私が私以外の者の世界の行き来に干渉できるのかも不明だからあくまで仮定なのだけど…。しかしそうすると、私は歪みをこの世界にいる自分に丸投げしたことになるのだけれど、はたしてそんなことを私はするのかな」
つらつらと流れるように話す時成さんに私の目がぐるぐると回る
ちょっと待って。理解が…
「そうなると、どうしてそんなことをしたのか、そうした私自身に問いたいところだけど、私は私のいる時と場所、世界に同時に干渉することができないんだよね。同じ人間が同じ場所にいることになってしまうとそれは世界の理をさらに歪めてしまうことになるからね。それで由羅ーー君の世界に、私はいたのかな?」
「…」
すみません。少し理解する時間をください…。
ちゃんと息継ぎしているのかと疑いたくなるような時成さんの説明の長さと難解さに、私は心の中で涙した。
もうちょっとゆっくりでお願いします。
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