第8話 なんでもないよ
「ついでにナズナにも会いにきたんだけど今いる?」
「それが隣町で馬鬼の目撃情報があったとかで調査に出ちまっててね」
「あぁそういえばそうだったな。じゃあいいか。甘味だけ食べるわ」
ゲンナイさんがいくつかの注文を伝えると、アオモジさんは「あいよ!」と元気良く頷き、店の中へと戻って行った。
なんだか知らない名前が出てきたな、と思いながらもすぐに運ばれてきた団子や大福たちに私の意識は持っていかれ、口の中で涎がでる。
め、めちゃくちゃおいしそう…
そういえば私、この世界にきてからもだけど、まともにご飯食べてない…。と自覚すれば不思議なもので、お腹もきゅるると空腹を訴えだした。
それが聞こえてしまったのか私の思考を読んだのか、笑いながら「どうぞ?」と甘味を渡してくれたゲンナイさんに御礼を言って、私はいただきます、とそれを口にする
「っ…!!」
なにこれおいしい…。上品な甘さがとてもほどよくて、柔らかな触感に口の中がとろけそう…!
「口に合うようでよかった」
「疲れた時はやっぱり甘い物だよなぁ」とにっこり笑うゲンナイさんが、なんだかキラキラと輝いて見えてきた。貴方は聖人かなにかですか!
パクパクと食べる私に「喉詰めるなよ~」とお茶まで渡してくれるゲンナイさんの優しさに、感動で泣きそうになっていると…ゲンナイさんが「さっきのさ」と話しだした
「アオモジさんとの話に出たナズナって奴はね、自警団の団員で、主に諜報を担当してる奴なんだ。そのナズナの調べてきた情報をまとめたりするのが俺の役目で、まぁ相棒みたいな感じかな」
「へー!そうなんですね」
「部屋で君が見ていた本にも載ってたと思うけど、異形にもいくつか種類がいて、今回は馬のような異形のバケモノ『馬鬼』の目撃情報がでたから調べにいっているらしい。甘いものを食べるついでに君にナズナを紹介しようと思ってつれてきたのにごめんな」
ポンと頭を撫でられて、我慢できずについに私の目からドバっと涙が出た
とんでもない、とんでもないよ
どこかのいい加減で丸投げ放置男とは大違いだ。
丁寧な説明をしてくれて、甘いものを食べさせてくれて、私が頼んだわけではないのに紹介できなくて謝ってくるだなんて…
私がいた世界も含めて、こんなにできた人間に出会ったのは初めてかもしれない…。こんなに優しくされたのはいつぶりか、もはや思い出せない…
そんな事を考えながら俯いて感動に打ち震えていれば、心配そうに「大丈夫?」とゲンナイさんが首を傾げていて、私は慌てて顔を上げた
「とんでもないです。気にしないでくださいゲンナイさん!むしろ私の方こそたくさん気を使っていただいて…!ゲンナイさんも徹夜して疲れているはずなのに!」
そうだ、確かここに来る時、徹夜3日目とか耳を疑う発言をしていた気がする…
…社畜だった私でも3日も徹夜なんてしたことないけど、一体どうしてゲンナイさんはそんなことになっているのか…
よく見るとうっすら隈があるし、なんなら今すぐ帰って寝てほしい
「どうして連日徹夜なんて…」
「はは、俺がしたくてしてるからいいんだよこれは」
「体壊しますよ!」
「んー…まぁいろいろとね忙しくて…」
少し言いづらそうに視線を逸らすゲンナイさんに私はハっとする
「もしかしてあの時成さんに過度な重労働をさせられているんですか!私が変わりに訴えてやりましょうか」
あの男ならやりかねない!と思わず身を乗り出してそう言えば、ゲンナイさんは目を丸くしたあと大口を開けて笑った
「アッハッハッハ!それは誤解だよ。俺たちは時成様になにかを要求されたことはない。皆あの人のもとでしたい事をしているんだ」
「…わかりません。サダネさんもあの人に恩を感じているようだったし。本にもまるで英雄のように書かれていたし」
この数時間で感じたあの男のイメージとかけ離れすぎている。と理解に苦しんでいると、ゲンナイさんが私の頭に手を置き「いずれわかるよ」と優しく撫でてくれた
何故か眩しいものでも見るかのように目を細め見つめられて、不思議に思い首を傾げる。
「ゲンナイさん?どうしたんですか?」
「…なんでもないよ」
そう言って優しく笑ったゲンナイさんはもう一度私の頭を撫でた。
ゲンナイさんの様子に違和感を感じつつも、どうしてもそれを問い詰める気にはなれず、その後甘味を食べ終えて私達はトキノワに帰ったーーー。
ーーそのすぐ「さすがに腹が満たされて眠くなってしまった」とゲンナイさんは私におやすみ、と手を振ると自室へと消えていった
ゲンナイさんが睡眠をとってくれたことに安堵すると同時に、なんだか心も体も満たされた気持ちになる。
甘い物を食べたからもあるけど一番はゲンナイさんの優しさに触れたからだろう。
願わくばこの世界がゲンナイさんのような優しい人が安心して暮らせる世界だといいーー
だけど、そうはいかないのかもしれないから。私も今のうちにこの世界のことを知らなければ。とさきほどの本の続きを読むため部屋に戻ろうとしたところで、階段下から「由羅さん」とサダネさんに呼び止められた。
「時成様が来られました」
「え。あ、はい!」
丸投げ放置男が帰ってきたのか、とすっかり心のなかで失礼なあだ名をつけてしまっている自分に少し反省しながら
急いで階段を下りてサダネさんについていくと、応接室のソファに座りキセルに火を灯している時成さんを発見した。
「俺は事務室にいますね」と去っていったサダネさんを見送り、私が部屋に入ると時成さんは視線をこちらに向ける
「少し用事で隣町に行っていてね。そこでナズナと会ったよ」
フーと煙を吐きながら話した時成さんの前にある座卓に、私はバンっと手をついて身を乗り出した
「まず、説明の続きです!」
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