第7話 おばちゃんあるある
猫のような生き物が描かれている表紙を捲る。
その本にはどうやら、この国の歴史と異形についての事が書かれているようだった。
『 すべては数百年前、猫のようなバケモノから始まった。
突如として町に襲来したそれは、町で一番大きな商家の家を踏み潰すと、家屋や田畑を破壊し人を襲いだした。
その姿は巨大な猫のようなものなれど、赤黒い体に大きな耳を携え、鋭く光る爪と牙は地面に大きな跡を残す。
人々は成すすべなく、厄災として恐れをなした。
あまたの動物を形どったその異形のバケモノ達は今も尚、時折襲来する。 』
なにコレ、こんなの怖すぎる…。
私とんでもない世界に来てしまったのでは?と怖くなりながらも、ページを進めると、そこには異形の姿絵のようなものが載っていた。
猫のようなバケモノと、それと対峙する人間達の絵のようでーー
その傍らには『自警団と異形』と小さく書かれていた。
どうやら次のページからはトキノワのことも書かれているらしい。
『 十年前、エレムルス国マナカノ町に“時成”と名乗る一人の男が現れる。
その者は町に襲来した異形を数名の仲間と共に撃退し追い払った。
その日まで数百年、まったく対抗策などなかった異形に対して、人類が初めて見せた反撃と功績に、町の人々は涙を流しその者に感謝を告げた。
その後、町に会社なるものを設立した彼は、貿易で国を豊かにしてくれると共に、自警団で国の平和をも守ってくれている。 』
…なんだかヒーローのように書かれているなぁ…。
サダネさんが時成さんを慕っているのも、こういう背景があるからだろうか…
申し訳ないけど、あのいい加減な人にこんな偉業があったのが少し信じられない…。
数名の仲間と共に撃退したということは、ゲンナイさんやサダネさんも、その時から一緒にいたのだろうか…
いつから時成さんのもとにいるのだろう…
考えに耽りながらもペラペラとページを捲り、ふと目に留まったそれは、確認済みの異形リストらしきもので…
猫魔以外にも馬のような姿の異形だとか、蛇のように長い異形だとかいくつかの姿絵が描かれていた。
確認されているだけでも10体は種類がいるらしいけど、こんなバケモノがそんなにたくさん一度に襲ってきたら、もはや生き残れる気がしない…。
姿絵を見る限り通常の人間の倍近くはある巨体な異形がほとんどだ。
通報がこのトキノワに入るのだと言っていたけど、ゲンナイさんやサダネさんはこんなバケモノと戦っているのだろうか…
なんだか非現実すぎて実感が湧かない。
本当にこんなバケモノが存在なんてするの?
「うーん…」
時成さんがこの世界をゲームに例えたのは的を得ていたのかもしれない…
この本を見たあとだと、ずいぶんとその説明にしっくりくる。
でももし本当にそうなのだとしたら、『悪しき化け物を倒す主人公』とは、時成さんなのだろうか…なんだか主人公感はないけど、この本にもヒーローのように書かれていたし…
多分そうなんだろう…、じゃあ私は村人Aとかだろうか…。
いや、異世界からきた村人なんているかな普通…、とそこまで考えてふと、脳裏に嫌な予想が浮かぶ…。
まさか私が主人公…なんてこと、ないよね?
異世界から舞い降りた人間が世界を救う、なんてそんな、何度も聞いたような展開…。
そもそも私女だし、戦えないし、特別な力があるわけでもない。
不運にも穴に落ちて異世界に来てしまったただの社畜OLだ。
うん、無理無理ないな。
きっと主人公は時成さんなんだろう。
そもそもゲームっていうのも時成さんがたとえばで言っただけだしね
あの人のことだ、深い意味なんてあるわけがない。
あー、余計な事考えてたら疲れた。
まるでフラグを自ら建設しているとも厭わない問答を頭の中で繰り広げながら、ペラペラとページを捲るけど、それ以降さっぱり見事に本の内容が頭に入ってこない…。
そもそも私は自分がどうしたいのかも分からないのに一体何を考えてたんだろうか…
元いた世界に帰る勇気も、この世界に留まる覚悟も、何もないくせに、へらへらと繕って誤魔化して、骨の髄まで自我のない社蓄精神が染み渡ってしまっている…
なんだか情けなくなって大きくため息を吐き、自分の意気地のなさに嫌気がさした時だったーー
「疲れた時としんどい時と頭を使う時には、甘いものが必須だよなぁ!」
「ひぃっ!」
ーー突然背後から聞こえた声に体が跳ねる。
バクバクと鳴る心臓を押さえながら振り返ると、そこにはいつのまにか部屋に入ってきていたのか、ゲンナイさんがにっこりと私をみていた。
「徹夜3日目の俺と、心身ともに疲労している様子の君は今すぐにでも甘いものを食べに行くべきだと思うんだけど、どうかな?」
「……へ?」
ーーー
「ここだよ」とゲンナイさんに連れてこられたのは、どこか懐かしい趣のある喫茶店のような場所で、表にある長椅子と日を遮るための大きな和傘がなんとも味がでてる。
「あそこに座ろうか」
私の視線に気づいたのか室内ではなく外の長椅子を指差したゲンナイさんに、少し照れくさくなりながらも頷いた。
それと同時に私は確信する。
この人、絶対もてる。
イケメンで優しくて気も回るとかどれだけハイスペックなの…!
そんな人の隣に座っていいのだろうか、と緊張しながらも長椅子に並んで腰かけると、注文をとりにきたのか、優しそうな婦人が近づいてきた。
「いやゲンナイちゃん!いらっしゃい!」
パシン!、とゲンナイさんの背中を叩き、元気よくそう言った婦人に「元気そうだな」とゲンナイさんは笑いながら私の肩に手を置いた。
「アオモジさん。この子新しくトキノワに入った子だからよろしくな」
「あ、由羅です!」
紹介され私は慌てて立ち上がると「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「あら、そうなの?よろしくね?おばちゃんはアオモジだよ。ここの茶屋『カスミソウ』の店主さ!」
「ここの甘味は一度食べたら病みつきになるよ!」と笑うアオモジさんは「ね、ゲンナイちゃん!」ともう一度ゲンナイさんの肩をパシンと叩いた。
ちょっと痛そう…
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