(7)契約パンツ

 そんな生まれ方をしたからかな。

 生まれたばかりの僕は、兎に角泣いて、叫んで、暴れていたみたい。

 僕にとっては眼も良く見えなくて、使用済みパンツが僕の魂と結び付いてるっていうのが不快で、そういう不快に堪えられない体だったから泣き叫ぶしか無かったんだけど。

 それはもう凄い暴れっぷりだったみたいだけど、赤ちゃんだから元気ねで済んでいたんだって。


 本当はそんな記憶は消してしまいたかったんだけどね、僕の記憶喪失は海馬の働きを鈍らせているって分かっていたから、幼児の頃にそんな悪影響が有りそうな事は出来無かったんだ。


 日本に見えるけど日本じゃ無い、江戸時代と現代が入り混じった様な、コンクリートに茅葺きの屋根の家が建ち並ぶ町の中の、商家への勤め人の家の息子。

 つまり一般人に生まれた僕は、一般人並みに元気に育っていた。


 町の様子は本当に屋根にさえ目を瞑れば、ビルの無い現代日本と言っても通じる感じで、碁盤の目状に整えられている様子は何々京とか言っても通じそうな感じ。

 でも、その町から一歩外に出ると、魑魅魍魎ならぬ魔獣や魔物が徘徊する剣と魔法の世界だ。


 そんな世界だからかな。町の外では結構な数の狩人が働いていて、町中向けには害獣駆除業者だって幾つも看板を並べてる。魔獣や魔物を斃すとレベルアップしたりするから、大抵は業者に頼まずに自分達で何とかしようとしてたりもする。

 ずっと昔の勇者が造った先進的なこの国ならではなのかも知れないけど、剣と魔法の国に有り勝ちな、冒険者が闊歩する様な様子はこの町では見た事が無い。


 凄く平和で安心出来る町で、そういう意味では僕も正解を引いたのだと思う。


 でも、根本的に戦える人材の発掘はとても大事だから、前世の七五三に倣った三歳のお祭りで、契約武具の所持有無が調べられた。


 そう。あの日、僕はぼろぼろと涙を溢しながら、くしゃくしゃに丸められた僕の契約こと二枚のパンツを御披露目する事になった。

 他にもキーボードとか有ったけれど、ずっと僕の心を苛ませていたパンツ以外はその時頭に浮かばなかったから。


 儀式を取り仕切る領主様が連れていた女中さんが、鼻息も荒く『これは間違い無く美人さんの使用済みパンツです!』と断言した時、僕の何かが壊れた。


 居た堪れない空気。

 言葉を紡げない領主様。

 興奮する女中さん。


 僕の契約武具は無かった事になった。


 お父さんは悩みつつ言葉を絞り出した。


『むぅ……うん、そうだ! このパンツの作りを調べ上げれば、店の人気商品に――』

『でも、普通のパンツだよ……?』

『いや! 契約武具は成長する! 凄い凄いパンツに成った時には誰もがこのパンツを求めて店にやって来るに違い無い!!』


 お母さんは、優しく無かった事にしてくれた。

 姉は容赦無く笑い転げた。


 僕は、僕はどうすればいいんだろう?


 このパンツは、僕が目印にするつもりで持っていたからか、凄く目立つ。

 視界に入ると何故か無視出来なくて、何だろうと寄って行ってしまう。

 こんなパンツなんて捨ててしまおうと思って放り出していたら、いつの間にかゴミ捨て場に三十人以上の人が集まっていて、それ以来僕はパンツを喚び出す事も出来無い。

 僕の中に、ずっと使用済みパンツが眠っているんだ。


 お父さんが言う通りに、凄いパンツになれば何か遣い道が有るかも知れないのに、パンツを成長させる為にパンツを使う事が怖い。

 内緒にしようとしても、僕がパンツ使いな事なんて疾っくの昔にばれていて、一時期は苛められたりもしたけれど、その時開き直って叩き付けたパンツを放置していたら、苛めっ子達がパンツを掲げながら『パンツパンツ』と一晩狂乱に陥った結果、僕のパンツは最強のパンツとして苛める人は居なくなった。


 でも、このパンツは使用済みのパンツなんだ。

 どうして新品じゃ無いんだろう。

 新品だったならまだ納得出来たのに。

 僕のパンツは美形のおじさんの使用済みのパンツなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る