第二章 そうは無いあれ

(6)転生ストリーム

 赤。

 青。

 紫。

 白。

 黄色。


 私が気が付いたその時、私の周りには凡ゆる色が溢れ、ワープゲートでも入ったかの様に色は流れて私はその奥へと落ちて行っていた。

 意識を取り戻して始めにするのは、記憶を失っている間の思い返りだ。

 記憶喪失に陥っている間の記憶は、夢の中の様に儚く、目が醒めて直ぐに思い返さないとあっと言う間に失われていく。


 ざっと思い返した限りでは、上出来の結果だろうか。

 何の知識も無い状況での、現地調達型サバイバルの結果として、本当に逃げ果せる確率は一桁以下と思っていた。

 それ故の記憶喪失という禁じ手だ。


 神、或いはそれに準じる存在が支配する空間で、精神活動――特に我欲に通じる行いには、何かしらのペナルティが有るのではと推測した。

 今となってはそんな仕組みが有ったのかは分からないが、少なくともこの状況からは遣り過ごす事が出来たらしい。


 それが状況を好転させたのかについては何とも言えなかったが。


 何と言っても、今、私は単に逃れ得たのでは無く、どうやら結局は転生シークエンスに入り込んでしまっている。

 妙な持ち込み方をしてしまったが、私が身に付けた謎の端末八台が、私の置かれている状況を私に知らしめていた。

 今は私の全てを分解し、端末で入力した設定を組み込んだ後に、私が再構成されるらしい。


 本来はあの小部屋で設定が済んだ後に自動で始まるシークエンスだ。

 だが、私は設定が何もされないままに、イレギュラーな方法で転生シークエンスに入り込んでしまっている。


 状況を理解した後には対処だ。

 もう時間は無い。

 四十近かった私の体も、手の張りを見れば十代近くまで分解が進んでいる。

 八台の端末を持ち込んだ事は、僥倖だった。この場でもマスター、或いはAdministrator権限で介入する事が出来そうだ。


 まずは良く分からない使命が設定されていないかを確かめる。

 ――危なかった。能力値が未設定故に使命も確定されていなかったが、未確定でもそういう怪しい物は不要だ。削除する。私は自由に生きるのだ。そうで無ければ端から逃亡を図らない。


 手がもう十代前半の様相だ。

 何の能力値も設定されていない体で、生き抜ける世界かそこに懸念が有る。

 今から設定する時間は無い。兎に角目に付いた制約の設定を全て外していく。

 言うなればデバッグモードでの転生だ。どうかこれで何とかなって欲しい。


 もう手が幼児の頼りなさだ。

 転生場所も問題だな。生きるのに険しい場所で幼児からのハードモードは危険だ。

 他にも居ただろう転生者の存在を考えれば、現代日本に近い場所が既に造り上げられている可能性は有る。

 ――ほうら、思った通りだ。

 おっと、具体的に母体を選べる訳では無いのか。捨て子として顕現するのだろうか?

 兎に角、疫病が流行っていたりしない地域を選んで――


 ――ん? 何だこの項目は? 契約武具?

 魂に紐付いた武具と共に生を得る世界?

 私の契約武具は……キーボード!?!?

 いや、ちょっと待て!? そんなつもりでは!?

 待て! 待った!? この使用済みのパンツ二枚は!?

 やめろ! そんな物を私の魂と紐付けるな!!

 あああ、手がもう胎児だ、もう何も出来――


「おぎゃああああああああ!!!」


 すぽんと灯りの下に飛び出た私は、魂からの泣き声を上げた。

 それは泣く。

 当然泣く。

 もう泣くしかなかった。

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