(5)ゲームの勝者

 光に満たされたその部屋で、性別年齢共に不詳なその人影は、掌で顔を覆い身をよじらせて震えていた。

 何も考えずに大声を上げて笑い転げたいが、その余波ですら世界に影響を与えると知っていれば、声を殺して呻くしか無い。

 漸くその顔から掌が退けられた時に、覗かせた表情は無邪気な笑顔で、途切れぬ衝動にまだくつくつと喉を震わせている。

 この人影にとっては随分と久方振りに、愉快と思える出来事が起きていた。


 そんな場所に駆け込んで来た無粋な人影は八人分。


『主上!!』

『我らが至尊の御方よ!』

『神器が、神器が盗まれてしまいました!』

『どうか御裁定を!!』


 口々に訴えるその内の三名は丸坊主と見て、主上と呼ばれた人影は咄嗟に迫り上がる発作を押さえ込んだ。


 しかし、失敗を犯したのを誤魔化さず、直ぐ様報告に来たのは評価しても良いだろうか。

 尤も、時既に遅しと言った所では有ったが。


『知っておる。

 誘拐犯に捕らえられた虜囚が、死に物狂いで僅かな物品を活用して逃げ果せたな。

 悪心の為した所業では無く、故に咎は無しとする。

 お前達も外部の刺激を取り込んで世界を発展させようとしたのだろうが、転生させようとする者への配慮が欠けていたな。管理不行き届けとして罰を与えるところだが、既にお前達の力の大半は削がれている故にそれを罰と相殺しよう。いや、位階が当然下がる故に、それが罰とも言えるな。

 尚、件の虜囚が逃走の際に無関係な使徒を打ち斃しているが、それはお前達の霊力より補塡させて貰うぞ』


 端的に沙汰を下す。

 八人の使徒達は、主上が全てを承知と分かって愚かにも安堵していたが、位階が下がったと聞いて不安気な様子を隠せずに居る。

 しかし考えれば分かる筈だ。


『何を呆けておる?

 転生者の能力値を調整し、持ち主と共に成長する様に武具装具と契約を結ばせ、下界に送り込むとお前達が決めたのだろう?

 あの者はキーボードを剣として、モニターを盾として、その他諸々も鎧として身に纏い下界への門を潜り抜けた。

 その時点であれらの神器はお前達の物では無く、あの者の契約武具と変じた。

 お前達の神器で有ったならばお前達への影響も無かろうが、今はあの者の力だ。当然の仕儀で有ろう?

 お前達も無理をして今の位階での姿を留めるよりは、疾く身の丈に合った姿へ戻るが良い。然もなくば消滅も免れ得ぬぞ?』


 ここに来て、漸く使徒達も罰を与えないと言った真意を理解したのか、震え上がって平伏する。

 それより姿を革めるのが先で有ろうに。

 特にこんな転生ゲームに熱心だった三使徒は、髪や装具まで剥ぎ取られて、他の者より更に一つは位階が下がるだろう。

 無理をして今の姿を留めようとする程に、力は抜け出し更に位階も下がるというものだ。


 尤も使徒で有りながら、面子や権威に価値を見出してしまったというのなら、そんな使徒が消滅したところで何も心は痛まない。


 今はそれよりも――


『くっくっくっ……転生過程で漸く状況を脱した事を理解して記憶を取り戻したか。くくく、キーボードを剣と言われて戸惑っているが、それを選んだのは己自身だぞ? くく、くーっ、道具に使徒のパンツが有るのは不満なのは分かるが最早どうにもならんが、くっくっくっ、笑わせてくれおるわ!』


 新たな観察対象に夢中だった。

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