(2)恐るべき誘拐犯のアジト

 ふと気付いた時、の目の前に怪しい光を放つ何かが在った。


「ふぅほおっ!」


 俺は透かさず光を避けた。

 足が何かに当たって、けたたましい音を立てて何かが倒れた。

 ……いや、突き出た四本の棒と、その逆側に一枚の板を張り出した丸座。良く分からないが、これは座る為の物だった気がする。

 となると、俺はさっきまでこれに座っていた?

 この妖しい光を浴びなが――


「ふっっはぁああっっっ!!」


 俺は更に飛び退いた。

 全く何も憶えていない。

 ここが何処かも、自分が誰かも。

 それを為し得たとするなら、この妖しい光以外に考えられなかった。


 辺りを見渡しても、何も無い。

 入り口も、出口も、何も。

 有るのは床を転がる座る為の何かと、この怪しい光を放つ何か――いや! その周りにも何か有るぞ! 無数の突起が突き出た板と、掌に収まる丸い何かが同じ台座に置かれている!

 それ以外に動かせそうな物は何も無い。一面、本当に継ぎ目の無い箱の中に閉じ込められていた。


 ふと体に違和感を覚えて自分の体を見下ろした。

 着ていたのは、一枚の布の真ん中に穴を開けて、首を通しただけの貫頭衣だ。

 こんな服を俺は持っていなかった様な気がする。

 穿いているズボンもただズボンの形に拵えて、紐で縛っているだけの物だ。

 ズボンの中を覗いて違和感の正体に気が付く。

 パンツを穿いているのは有り難いが、俺はこんなゆるゆるの布切れでは無く、がっちりとホールドしてくれるパンツを好んでいた筈だった。


 ヒヤリと背筋が冷える。

 俺が何も所持していないのはこの姿からも明らかだ。

 そしてこの無機質な部屋。

 目の前には記憶を失わせる怖ろしい装置。


 誘拐されるにも最悪の、実験動物としての未来が待っていた。


 逃げなければならない。

 俺は何としてもこの場所から逃げるのだ!

 有りと有らゆる物を使い倒して、俺は必ず脱出する!


 しかし、使えそうな物は僅かだ。何一つとして取り零す事は出来無い。

 特にこの怪しい光を放つ板は最後の切り札と成るだろう。


 俺は慎重に光る板の後ろへと回り込み、徐にその場でズボンを脱いだ。

 光る板にズボンを被せてぐっと引き下げ、ズボンの腰紐をぎゅっと縛る。

 足の部分をぐるっと回して足先を足の付け根部分に括り付ければ、背負い紐の状態になる。

 これで担げる。


 掌に収まる丸い物は、脱いだ貫頭衣を広げてその端に括り付けよう。

 聊か軽いが、これをぶんぶんと振り回せば牽制くらいにはなって欲しい。


 一番の武器は、数多の突起が突き出た板だ。

 この突起の間からも、妖しい光が零れている。

 きっと頼りになる武器になるだろう。


「……うむ」


 念の為、座る為の道具も持って行く事にした。

 頑丈さを考えるなら、踏み台くらいにはなりそうだった。


 しかし、準備万端整えても、出来る事が何も無ければ事態は何も動かない。

 謎の台座は押しても引いても動く事は無く、壁を叩いてもその感触に違いはない。

 だから、壁際を三周程回ったその時に、目の前の壁が四角く光ったのを見届けたのは、単純に偶然の為せる業でしか無かった。


 俺は無意識の内にも、咄嗟に身を隠そうとしたのだろう。

 座る為の台を置いてその上に登ったのは、相手よりも高い場所に居れば見付けられにくいとの意識がそうさせたに違い無い。

 しかし実際には大して隠れる事も出来無いままに、目の前の四角く光った部分の壁が消えて、何かが頭を覗かせた。


 進退窮まった俺はそれに向かって突起の板を振り下ろした。

 また振り上げて、振り下ろした。

 倒れたそれが動かなくなるまで、何度も何度も振り下ろした。

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