実は何も考えて無い

みれにあむ

第一章 良く有るあれ

(1)転生? 転移? 準備室?

 行き成りこんな事を言われても困惑しか無いだろうが、私の特性を述べておこう。


 簡単に言えば、私は自分の意思で一時的な記憶喪失になる事が出来た。

 ちょっと頭の中の良く分からない何処かに意識を向けると、頭がこむら返りするかの様な感じで酷い頭痛を感じ始めて、そこを超えた瞬間に丸で夢の中の様に自分の記憶が遠くなる。

 それを何度か繰り返す内に、記憶喪失の深度も、記憶を取り戻すタイミングも、或る程度自在に調整する事が出来る様になっていた。

 私が思うに記憶とは忘却するものでは無く、接続が上手く行かなくなると思い出せなくなる物だ。

 きっと私のこの技も、記憶を司る海馬とやらに働き掛けて、一時的に麻痺でもさせているのだろう。

 正直、ハンデとなる事さえ有れ、自慢にならない特性と思っていた。


 そんな何の役に立つのかも分からない特技を別とするなら、私の特性は読書好きかも知れない。

 子供の頃は手当たり次第に乱読していたが、社会人になってからは積ん読ばかりが増えて、普段読むのはweb小説ばかりとなっている。

 中でもファンタジーは好きだったから、テンプレと呼ばれる展開もそこそこ熟知しているつもりだ。

 社会人なら現代サスペンスも読め?

 一時期記憶の調整に失敗して、慌ててその埋め合わせに辞書まで含めて詰め込んだ事は有ったが、変な特性を抱え込んでいる影響か物覚えは悪い。

 一部の界隈で通じる楽屋ネタを共通認識の様に出してこられたり、有るべき社会規範みたいなものを押し付けられるのは嫌いだ。

 異世界もののファンタジーは、その点紙面以外の常識を勘案しなくて済む。

 書かれている事が全て。その超現実主義的在り方が、私には心地好かった。


 そんな私はそろそろ四十代に差し掛かろうという、ブラックな会社勤めのサラリーマンだ。

 少なくとも今ここで気が付くその直前までは。

 そろそろ私の状況についても記しておこう。

 私の目の前には祭壇の様な台座と、その上に画面を光らせているPC――いや、液晶の様なモニタとキーボード、そしてマウスしか無いところを見ると、PCに見せ掛けてインターフェースだけ置いてある感じだろうか。

 祭壇の前には私が座る一脚の椅子。そう、気付いた時には私はこの椅子に座っていた。

 周りを見れば、白一色の完全に閉じられた箱の様な部屋。光源は無いのに、暗さを感じないのが何とも非現実的だ。


 私は椅子から立ち上がる。

 その動きだけでもう分かってしまうが、念の為に軽く飛び跳ねてみる。

 体に重力が掛かっているのを実感する。


 私が体操選手なら、夢の中でも重力を感じるのかも知れない。

 しかし凡人である私は、夢の中で重力を感じ得た覚えが無い。

 明晰夢を見た際に、それが夢かどうかを判別する指標にもしていたくらいだ。

 手を抓っての痛みなんていうものは、夢の中でも何と無く感じてしまうものだから。


 どんなに非論理的でも、非現実的でも、この状況が夢では無いとすれば、答えというのは限られる。

 敢えてじっくり見てはいないが、モニターに表示されているのはステータスの割り振り画面では無いだろうか。

 こんな状況を私はどれだけの作品で見てきた事だろうか。

 危険だ。非常に危険だ。

 既に手遅れかも知れないが、こんな事が出来る高位存在は、容易く思考を読んで来るというのが殊更に危険だ。

 そんな特殊能力を持つ何かに囚われているならば、何をしたところでその掌の上から逃げ出す事は出来無いだろう。

 凡ゆる私の記憶は枷となって、私の自由を縛ってくるに違い無い。


 この何も分からない状況で、超常の力を持つ何者かの意表を突こうと思うなら、記憶というのは邪魔にしかならない。

 ならばそんな記憶は全て封じてしまおう。私が未来を得る為に。

 その結論を速やかに導いた私は、ぐっと襲い掛かる頭痛に耐えた。


 後は任せた――記憶を失った私よ。

 私は私の本質に、記憶を失っても残る生存本能に全てを賭けた。

 この状況を脱するその時まで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る