昼休み限定で30分だけ保健室で眠り姫のお守りをするだけだったはずが、気づいたら特別な関係になっていた

青葉久

第1話 昼休みの保健室には、眠り姫がいる


 学校の昼休み。保健室に通うようになって、今日で4日も経ってしまった。


 そろそろログインボーナスでガチャチケットとかもらえても良いと思う。いや、普通に考えて4日目だとまだもらえないか。


 高校に入学したばかりだっていうのに、俺は訳あって保健室に通っている。


 こうなったのも俺が4日前に階段で派手に転んで怪我したせいなのだが、それはあくまでもキッカケであって”理由”ではない。


 4日も通っているうちに、この保健室の独特な匂いにも慣れてしまった。



「ほぉ? 今日も来るとは律儀な奴じゃないか? 柏木、やはりアイツに惚れたのか?」



 保健室に入るなり、ここを牛耳ぎゅうじる先生がからかってきた。



「そういうのじゃないです。約束したからには来ますよ」


「言うじゃないか。約束をしっかり守る男はガキでも嫌いじゃない」



 養護教諭である冴木さえき先生は、美人な先生だと男子生徒の間で評判が良い。確かにクールな雰囲気とスタイルの良さから大人の女性の色気が感じ取れて、男子から人気があるのも理解できるが……


 すぐに生徒をからかいたがるというか、この隠しきれてないSっ気は直した方が良いと思うんだよな。


 ちなみにこのドS先生に会いたくて保健室に通いに来てるわけではない。それだけは断じてない。



「アイツのお守りするこっちの身にもなってくださいよ、マジで」



 俺がここに来る理由、それは”アイツ”と約束をしたからだ。



「そのお守りをする約束をしたのはお前だろ? 可愛い女の子とした約束も守れない男は嫌われるぞ?」


「別に先生に好かれなくても構いません」


「ははっ、相変わらず私に随分と口を返すじゃないか。そういう男はガキでも嫌いじゃない」



 嫌いなのか好きなのか、どっちなんだが。この先生はどうにも掴みどころがなくて困る。



「とにかくいつも通り、今日も眠り姫のお守りは任せたぞ。もうアイツなら先に来てる」


「分かってますよ。いつの間にか教室から居なくなってましたし」



 マジで消えるように教室から居なくなるアイツの俊敏ステータスはどうなってるんだか。



「じゃあ彼氏さん、よろしく〜」


「だから違いますって」



 保健室には、体調を崩した生徒が使うベッドが3台置かれている。


 その中の一番奥、窓際のベッドを仕切るカーテンが閉まっていた。


 普通なら体調を崩した生徒が使っていると思うだろう。


 しかし俺は、そのカーテンの向こうにいる生徒を知っていた。


 昼休みに30分間、いつも決まって同じベッドで休む奴がいる。今ではアイツの特等席だ。



「遅い、遅刻」



 まさかカーテンを開けるなり、いきなり遅刻と言われると思わなかった。


 すでにベッドで寝転んでいた彼女が頬を膨らまして可愛い顔をムッとさせるなり、なぜか俺をジッと睨んでくる。


 普段は周りに不愛想な顔しか見せないのに、こういう顔してる時だけはめちゃくちゃ可愛く見えるのが不思議だ。


 長くて綺麗な髪が乱れることなく寝転んでいる彼女の姿を見ると、彼女の素行の良さが嫌でも分かる。



「……いや、時間通りだろ?」



 そんな彼女を横目に、俺は備え付けの椅子に腰を下ろした。



「お昼休みが始まって5分以内に来てくれる約束、もう1分も過ぎてる」



 そう言われてなにげなくスマホを見れば、約束の時間を1分ほど過ぎていた。


 確かに彼女とした約束では、昼休みが始まって5分以内に保健室に集まることになっていたが……



「たった1分でそこまで怒んなよ」


「怒る。だって早くしないと時間が足りなくなっちゃう。お昼休みは50分しかないの。30分お昼寝してお昼ごはんも食べないといけないから」


「それはお前の都合だろ?」



 思わず俺がそう言い返すと、彼女が不満そうに口を尖らせた。



「あなたが来てくれるって約束した。だからちゃんと約束通り、あなたの食べるお弁当も作ってきた」



 ベッドの隣にあるテーブルを彼女が指さす。そこには、ここ数日で見慣れた巾着があった。


 それが彼女の用意してくれた俺の昼飯だと知っていたが、相変わらず巾着はひとつだけだった。



「一応聞くけど、お前のは?」


「私はいつも通り、これ」



 そう言って、彼女が巾着の隣にあるカロリーメイトを指さす。


 それを見るなり、思わず俺は溜息を吐き出してしまった。



「お前なぁ……何度も言うけど、ちゃんとしたもの食えよ」


「これは栄養満点食品。5大栄養素がたっくさん詰っているの。味だって飽きないように変えられる万能ご飯」



 心なしか誇らしそうな表情を見せる彼女に、俺から出たのは深い溜息だった。



「だとしても、そんなのばっかり食ってると身体壊すぞ?」


「普段は食べない。学校のお昼ご飯だけ」


「学校でも食え」


「普通のご飯食べれないから食べてるの。だって私、食べるの遅いから。お昼寝してから普通のご飯食べると午後の授業に間に合わなくなる」



 確かに昼休みの50分のうち30分を昼寝に使ってしまえば、のんびり昼飯を食う余裕もないだろう。


 ましてや食べる速度が遅いとなると、必然的に彼女が簡単なモノしか食べれなくなることも納得できるが……


 そもそもの話、コイツが昼寝をしなければ良いだけの話だった。



「一応訊くけど、寝ないって選択肢は?」


「それ。私の事情を知ってる上で言ってるなら……あなたのこと、嫌いになる」



 それができれば苦労しない。ムッと眉を寄せる彼女の表情が、そう訴えているように見えた。


 彼女が毎日昼寝をしなければいけない理由は、俺も知っていた。



「ごめん、悪かった。言い過ぎた」


「ちゃんと謝ってくれるなら許してあげる。じゃあ早速だけど、お願い」



 時間が惜しいのか、少し急かすよう彼女から右手を差し出される。



「はいよ。これで良いか?」



 その手を俺が迷うことなく握ると、彼女がホッと安心したような表情を浮かべる。 


 しかし、すぐにどこか居心地が悪そうに俺の手をぎゅっと握り締めると――



「もっと、ぎゅっと握って」



 まるで甘える子供みたいな表情で、俺を見つめていた。



「これくらいで良いか?」


「今日はもう少しだけ、強くしてほしい」


「……これくらいか?」


「ん、ちょうど良い」



 少しずつ手に力を込めて、彼女が満足する力加減で手を握ってあげる。


 そうすると、彼女の頬が見て分かるくらい緩んでいた。



「目瞑るから、お話しして」


「いや、急に話せって言われても……」


「なんでも良いから、あなたの話は聞いてると眠たくなるからちょうど良い」


「うん。やっぱりお前、俺のこと馬鹿してるな。帰る」


「本当は嫌だけど、あなたが帰るならお弁当あげない。そのそしゃげ、ってゲームに使うお金貯めれなくなるけど良いの?」


「ぐっ……性格悪いぞ、お前」



 ……それを言うのはズルだろ?


 こうしてお守りをする代わりに、彼女から昼飯を提供された分だけ浮いた飯代を課金に回せる。たとえ少額でも塵も積もれば10連ガチャになる。


 痛いところを突かれて困る俺を見て、クスっと彼女が笑う。



「これはお互いに利益のある約束だから。あなたはお昼代を節約できて、私はコレで安眠できる。いわゆるギブアンドテイク」


「等価交換? お前の昼寝と俺のソシャゲできる貴重な時間が一緒?」


「そういうの良いから。早く、お話しして」


「……わーったよ。そう急かすな」



 催促されて、渋々と俺は適当に思いついた話をすることにした。


 ここまで好き勝手に言われた以上、折角ならコイツにとって死ぬほど興味のない話でもしてやろうじゃないか。


 むしろ俺のハマっているソシャゲの良さを思う存分に語れば、きっとコイツも興味を持つに違いない。ソシャゲ仲間は多いほど良い。



「ふぁぁ〜」



 その欠伸が話に興味津々になって寝れなくなっても後悔するなよ?


 さて、まずはどこから話すべきか。やはり最初はソシャゲを始まるにあって基本のリセマラの話でも――



「……すやすや」


「え、もう寝たの?」



 すやすやって……マジでベタな寝言で言うのな。


 この手の寝言は、決まってコイツが寝てる時しか言わないことは知っていた。こういうセリフ、こいつの普段のキャラなら絶対言わないし。


 って言うか俺が話す前に寝られてしまったら、ソシャゲの話ができないじゃないか……



「おい。俺、まだなにも話してないんだけど」


「……すやぁ~」



 心地良さそうな寝息を奏でる彼女に、俺は呆れて肩を落としたくなった。


 折角話せって言うから、ソシャゲの愛を熱く語ろうと思ったのに……


 なにげなく俺が彼女の寝顔を見ると、本当に幸せそうな顔をして眠っていた。


 いつも教室に居る時は、誰に対しても無愛想な顔しか見せないってのに。



「ほんと……寝てる時は可愛い顔して寝るな、お前」


「……むふ~」



 きっと、楽しい夢でも見てるんだろう。


 そう思いたくなるほど、幸せそうな寝顔だった。


 ちなみにコイツの名前は、小岩井那奈こいわい・なずなである。


 俺と同じクラスメイトで、数日前まで特に仲良くもなければ、接点もなかった女の子。


 誰かに話しかけられてもいつも無愛想で、誰とも仲良くしようともせず、決まったことしかしないから人形みたいな人だなんて周りから言われている可哀想な奴である。


 これは知ってる人も少ないらしいが、小岩井はナムコレプシーっていう変わった病気、もとい睡眠障害を持っている女の子で、毎日30分の昼寝をしないと急に意識が吹っ飛んで気絶する体質らしい。


 そうならないために、コイツは毎日保健室で隠れて昼寝をしている。


 しかも誰かに手を握ってもらえないと安眠できない、子供みたいな女の子だ。


 今まではずっとひとりで保健室で寝ていたらしいが、今では俺こと柏木千世かじわぎ・ちよが昼休みに30分だけという約束で、その“お守りの役目”を請け負ってしまっている。


 ……どうして俺がこんなことしてるのかって?


 そんなこと俺が知りたいよ。小岩井とそういう約束をしたのは俺だけどさ。


 これも全部、4日前の昼休みに俺が怪我をしたせいだった。









―――――――――――――――――――――――



 はじめまして、ここまで読了ありがとうございます。


 こんな2人が仲良くなっていく話です。どうか応援、何卒よろしくお願いします。


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