第5話


 王宮の一室に叫び声が響いた。

 苦しみに耐えかねたような、

 いや、苦しみから逃れようとするような、怒声にも聞こえた。

 何人かはこれを聞き、

 何人かは聞かなかった。


 ――青い瞳がそっと開く。


 ラファエル・イーシャはヴェネト王宮の豪奢な寝台で身を起こした。

 水の音がした。

 波の音に慣れて、その音かと一瞬思ったが、雨の音だった。

 寝台から抜け出し、窓辺に近づくと、窓を開く。

 雨粒がすぐに入って来て、彼の額と、美しい金色の髪を濡らしたが、彼は窓辺にゆっくりと腰を下ろした。


「……ユリウス。

 どんな唐突な死が貴方を襲おうと、貴方がジィナイースを容易く敵に奪われるなんて迂闊をするとは、俺にはどうしても思えない。……貴方ははもっと恐ろしくて、容赦ない男であったはずだ。まだ何か隠しているものがあるんだろう?」


まだ全貌は分からないが、例えばそれは、

 古の時代よりそこにあり、

 突如目覚めた古代兵器のように。

 ラファエルは小さく笑む。

「貴方なら、死に絶えたと思わせておいて、地獄から笑いながら蘇るくらいの芸当をしたって、俺は全然驚かないよ」

 セルピナ・ビューレイなら、それほど目障りになるなら、とっくにジィナイースを亡き者にしているはずだ。

 ユリウスが死んだ時ジィナイースはまだ幼かった。殺すことは今より容易かったのだ。だがそうしていない。自分の監視下に置いて、殺さず生かすなど、あの王妃らしくない。


 ――まるでジィナイースを手に掛けることを、


 その悪を、心の底から恐れているようだ。

 死を望みながら、自分では手を下せず、ジィナイースに絶望だけ与えて、彼が自ら命を絶つことを願っているように……その程度のことしかあの女はしていない。

 何よりも残酷で許されないこと。

 ラファエルは今、この世の誰も、何も恐れていない。

 ジィナイースを失うことになること、そのくらいだ。

 だが子供の頃は色んな恐れがあった。

 彼が一番幼いころ恐れていたのは、自分の出来の悪さと愚鈍さに家族が失望し、家族に見放されて、この世でたった一人になることだった。他の兄妹を可愛がる両親が、自分を見る時だけ忌々しそうに目を細めたり、失望して溜息をつくことが、彼は恐ろしくて仕方なかった時期がある。

 確信があった。


(セルピナはこの世でたった一人、ユリウスを恐れているんだ)


 ジィナイースの命を公然と奪えないのは、父の本当の怒りを恐れているから。

 愛や尊敬が勝れば、自分の憎しみや怒りは心の内に秘めておける。

 ラファエルはそれを知っていた。

 だが、憤怒や憎悪が勝れば――孤独さえ望み、愛する者からの軽蔑さえ、人は恐れなくなるだろう。そうすればこの世の何も、意味を成さなくなる。

 他国の民の命すら、無意味だ。



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