第4話



 ……ジィナイース……



 遠くから聞こえる。

 優しい声だ。

 さざなみと、鐘の音がうっすらと聞こえて来る。



 ……ジィナイース…………。



 疲れ果てた身体を、包み込む。



◇   ◇   ◇



『お父様はずっと私を嫌って失望して生きてきたのよ。

 本当は王子が欲しかったのに、偉大なお父様には姫しか生まれなかったから。

 運命は自分で紡ぎ出すものだと、私に教えたのはお父様よ。

 だから私は望む運命を自分で紡ぎ出す。

 王子を産めなかった私を、本当は嘲笑っているんでしょう?

 でも、私に絶望を与えようとしても、無理だわ。

 何故なら、私は、姫でも貴方の娘だから。絶望を知らない魂なのよ。

 私はロヴィーノに必ず王位を継がせて、ヴェネトの王位を貴方から取り戻す。

 貴方はもう偉大な王じゃない。

 過去の人間よ。

 未来の光に手なんか届かない』


 ついに、言ってやった。


 長い時を掛け、絶望の言葉を。

 しかし傷つけるだけでは飽き足らなかった。

 斬りつけた心を優しい言葉で包み込んでやるのだ。

 優しい娘だと自分の許に心も屈服させて、初めて完全なる復讐が果たされる。


【おじいちゃん】


 小さな影があった。

「どうしたの? 悲しそうな顔をしてるよ」

「俺がか? そんなことはない元気だぞ」

「こわい夢をみたの? ぼくもこわい夢見ると心がしゅんってなるよー」

 大きな寝台を器用によじ登って行く。

「ぼくが、歌ってあげるね」

 祖父の身体にぼふ、と寝転んだ。

「手を握って歌ってあげる。そうしたらおじいちゃんも元気になれるよ」

 慈悲を与える人のように優しく笑いかける顔が見えた。

 祖父が小さな体を、両腕で大切そうに包み込む。


 最も愛する人間にとって、

 自分がどんどん、無価値になって行くことを感じた。

 こんな世界は望んだことがない。

 幼いころから、貴方は王妃になるべくして生まれたような姫だと言われてきた。


『セルピナ。

 ルシュアンに愛情を注いでやれ。

 他の人間に憎しみを抱く暇もないほどに。

 お前の憤怒はいずれ身を滅ぼす。

 母親としての愛情だけが、お前の中の凶性を鎮める術だ。

 俺を憎んでもいい。それ以上に何かを愛せ』


『お父様が宝物のように愛するあの子を私が奪っても、そんなことを言えるかしら?』


 牙をむいた娘の言葉に、微笑む。

 父の、そんな笑みを見たのは初めてのことだった。

 歩き出した父が、すれ違う時触れて来た肩に、重みを感じた。

 言葉には出さずとも、聞こえた。


 怒り、

 憎しみ。


 あの人と自分はやはり父娘なのだ。

 ……本当に、あの子供を愛しているのだ。

 身内の誰も、愛したことのなかった、あの人が。

 初めて誰かを愛した。

 奪う者を憎む瞬間でも、愛し子のことを思い浮かべれば、微笑むことが出来るほどに。


(貴方の魂を私の許に屈服させるためには

 私に全ての愛を捧げさせるか

 貴方の最愛の者を奪うしかない)


 奪い続けて、絶望させる。

 何度希望を持とうと、奪い続けて。


(決して私には敵わないのだと、私の許に跪せて‼)



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