第2話
騎士館の部屋に戻ると、まず水を浴びた。泥と汗を洗い流して、自室に戻る。任務に就いてる時や、集中して兵たちを調練したり指揮している時は余計なことを考えないで済む。
でも王宮の自室に戻ると、イアンは気分が落ち込む。
騎士館の一階では近衛団の騎士たちが夜も任務に就いたり、中には待機中の間に剣や弓の修練をしてたりする。
イアンはよく修練場には顔を出した。休みの時でも顔を出すので熱心だと部下に誉められたりもするが、そうではないのだ。部屋に籠って王宮にいることを実感すると気が滅入るのである。スペイン駐屯地ならもう少し気を許せる相手もいて、楽だったが、王宮だとイアンは気を張る。
敵が側にいる、そんな風に思うからかもしれない。
騎士館は王宮の最南に位置するので、折角上階の広い部屋にいても城下に面していない。
ヴェネトを囲む海の光景か、ここからは、はっきりと霧の中の【シビュラの塔】が遠くに見えた。
ここにいる意味とか、
いつまでいることになるのかとか、
自分が本当は何と戦わなければならないのかとか、
色んなことを考えると、気が滅入る。
ヴェネト王宮の夜会を心の底から謳歌しているラファエルは、馬鹿というよりもはや見事だと思ってしまうほどだ。お前も顔見せればいいのに、などと時折会うと声を掛けられるが、全く気乗りしないから「ああ……まあそのうちな」と答えてそのままになっている。
本国ではイアンは、華やかな社交界も嫌いではなかった。貴族同士が世辞を言い合うようなのには興味がないが、美しい女性や、気の合う友との語らいは好きだった。
ヴェネトにいると、自分の心が閉じて行くのを感じる。
ここで友人を作って恋をしても、この国が何をしたのかと思い出すと、何の意味も無いように感じてしまうのだ。健全ではないと思うけど、仕方ない。国がまともな政をしていないのだ。まともな暮らしが、ここで出来るわけがなかった。
イアンは海が好きなので、海でも眺めれば気持ちは軽くなるのだが、夜になると朝昼美しい青い海も、ただの闇になってしまう。
早く寝て、朝早く起きて城下でも見に行こう、そんな風に思った時、居間のテーブルに銀のトレーに乗った手紙を見つけた。副官が書類は執務室に届けてくれるが、イアン個人に届く手紙はここでは珍しい。誰だろうと思って手紙の後ろを見てみると、フェルディナントの名があった。
緊急の用ならば手紙などあの男は使わないから、興味を抱いて封を切って見てみると、ネーリの代わりに代筆していると書かれて、依頼していたスペイン艦隊の絵が出来上がったので、都合のいい時に見に来てほしいと書いてあった。
手紙を見終わった頃にはネーリの表情は明るくなっていた。
「本当に描いてくれたんやな」
嬉しい。
イアンはすぐに返事を書いた。近日中に見に行きたいと。
文は副官に届けるよう任せて、イアンは寝室に戻ると、夜闇に沈む海の方の窓を開いた。
真っ暗だが、空を見上げると星が瞬いている。
あの星空は、スペイン王国の空にも瞬いてるはずだ。
みんな元気でいるかな。
懐かしい顔を思い出しながら、少しだけ寂しさを感じ、それでも、自分は彼らを守るためにここにいるのだと思うと、自分は一体ここで何をしているのかという迷いから、解き放たれることが出来た。
愛する者の為に戦っているのだと、勇気が心に戻って来る。
風はすでに冬の気配がして冷えていたが、イアンはしばらく星空を見ていたくて、頬杖をついて、空を見上げた。
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