後編
結局、次の日になっても父さんは帰って来なかった。
なぜか父さんは、車を家に置いたままだった。
父さんは車も使わずに、どこに行ったのだろう。
心配になった母さんは、職場に電話してみた。
父さんは、職場には行っていないらしい。
それどころか、職場から父さんに連絡はしていないらしい。
どういう事だ。
父さんは一昨日、誰に呼び出されたんだ。
そして、どこに行ってしまったんだ。
母さんの顔色が、明らかに悪くなっている。
僕も不安だけど、母さんを元気づけるためには、僕が不安がってちゃいけないんだ。
「母さん、警察に行こう。警察に、父さんを探してもらおう」
父さんから聞いた隣の屋敷の話は、今はしないでおこうと思う。
大丈夫、父さんはきっと、慣れないこの土地でちょっと迷っているだけだ。
警察に探してもらえば、すぐに見つかるさ。
僕はスマホの地図で警察署の場所を調べてみる。
地図で見ると、思ったよりも近くに交番があった。
車を使わなくても、歩いて行ける距離だ。
「僕、交番に行ってくるよ」
「わ、わたし……も……いく……わ」
立ちあがろうとした母さんは、腰が抜けたように、へなへなと座り込んでしまった。
母さんは、昨日もろくに寝ていない。
だいぶ心労が溜まってきているんだ。
「母さんは無理しないで、大丈夫、僕一人で行けるから」
「ごめんね……じゃあ、お願いね」
「いいから、少し横になってテレビでも見てて、すぐ戻ってくるから。サンディ、母さんを頼んだよ」
わん、とサンディはひと吠えした。
僕は家を出ると、スマホの地図に従って歩いた。
交番はすぐに見つかった。
警察の人に事情を説明する。
「そうか……あの家に引っ越してきたのか」
警察の人は、一人で納得して頷いている。
「父さんを探してください」
「分かってる、任せてくれ」
警察の人が力強く頷いて、僕はほっとした。
ようやくこれで、安心できる。
僕は再び、スマホの地図を開いて、来た道を通って家に帰った。
そして、家の前まで戻ってきた。
僕はふと気になって、隣の家を覗いてみる事にした。
隣の家の二階を見ると、窓は閉まっていた。
そりゃそうだ。
誰もいないんだ。
牛乳や新聞がなくなるのは、誰かがこっそり取っているに違いない。
窓が開いてるのも、誰かがいたずらするためにやったんだよ。
現実なんて、そんなものだ。
隣にこんな家があるから、変なことを想像しちゃうだけだ。
僕は気を取り直して、家に帰った。
家に帰ると、母さんが消えていた。
わん、とサンディが鳴いた。
◇◇◇
父さんと母さんがいなくなって、一週間が過ぎた。
僕一人ではやる気がおきなくて、家の中の荷物は、まだ箱に入ったままだった。
本当なら新しい学校に行かなくては行けないけど、行く気にもなれなかった。
近所の人達は父さんと母さんの捜索を続けてくれている。
けど、見つからない。
まるで、神隠しにあったかのように、何の痕跡もなく、消えてしまった。
家には、僕とサンディだけがいる。
警察の人には、一人では不安だろうから、近くのホテルに泊めてもらえるように手配するよと言われたけど、断った。
父さんと母さんが戻ってきた時に、この家に誰もいないと不安になるだろうと思うから。
「やっぱり、隣の家……なのかもな」
この家を売った不動産屋のおじさんが訪ねてきた時に、そう溢した。
「あの家は何度も取り壊そうとしたんだ。だけど、その度に、村に何か悪いことが起こるから、結局取り壊さないままになっちまったんだ。この家も、売るんじゃなかった……すまねえな」
言いたい事だけ言うと、不動産屋は帰って行った。
違う。
そうじゃない。
決して、隣の家のせいじゃない。
父さんと母さんが、消えたのは、そんな理由じゃない。
それを証明するには、僕は……どうすれば……
僕が引っ越す事になった時、隣の席の
彩乃宮さんはちょっと変わった女の子だったけど、
僕たちはとても気が合って、何でも話せた。
僕が引っ越す事を知って、とても悲しそうな顔をしていた。
僕は、寂しそうな彩乃宮さんを元気つけたかった。
大丈夫、引っ越しても僕達は友達だから。
あ、そうだ、ほら、これが今度引っ越す家だよ。
お父さん、良い家を見つけたって喜んでたんだ。
彩乃宮さんに、どんな家?と聞かれたから僕はスマホの画面を彩乃宮さんに見せた。
スマホに映る家の写真を見た彩乃宮さんは、途端に険しい顔になった。
その理由は、わからなかった。
次の日、彩乃宮さんは僕にお守りをくれた。
「これ、必ず身につけていて」
「何で?」
「このお守りを身につけてさえいれば、きっと、あなたを守ってくれる。なかには、私の一族に伝わるトキジクのかけらが入っているから」
「よくわからないけど、ずっと持ってるよ」
ふと、彩乃宮さんとそんな会話をした事を思い出した。
ポケットに手を突っ込む。
ポケットの中には、彩乃宮さんにもらったお守りが、入っていた。
探しに行こう。
父さんと母さんを。
そうだ全ては、僕を驚かす為に、みんなで仕組んでる事なんだ。
僕が怖がると思って、父さんと母さんが村の皆と協力して、ドッキリを仕掛けているに違いない。
僕が怖くなって泣きだした時を狙って、父さんと、母さんが揃って現れるんだ。
今頃近くに隠れて僕の様子を見ているに違いない。
だったら、こちらから探しに行こう。
そして逆に父さんと母さんを驚かせてやるんだ。
そうと決まれば早い方がいいかな。
よし決めた。
今から探しに行こう。
サンディは家で留守番してるんだよ。
僕は、念の為サンディのご飯を皿に、山盛りに乗せて置いた。
これで、何かあって僕の帰りが遅くなっても、しばらくは持つだろう。
僕がもし帰らない事があっても、警察の人が見回りをしてくれているから、保護してくれるはずだ。
そんな事には、ならないけどね。
そうだサンディ、このお守りも着けておくといいよ。
僕はお守りに紐を通して、サンディの首輪に結び付けた。
彩乃宮さんからもらったお守りが、きっとサンディを守ってくれる。
「じゃあ、父さんと母さんを探しに行ってくるよ」
サンディにそう告げて、僕は家を出る。
外に出ると、急に寒くなってきた……気がした。
ひときわ強い風が、びゅうと吹いた。
こんな風になんて、負けていられない。
早く、父さんと母さんを見つけなくては。
僕は歩き出した。
ふと隣の家が気になった。
僕は、隣の家の敷地に入る。
そして見上げた。
二階の窓が開いて
引越し 海猫ほたる @ykohyama
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