第5話 気乗りしない依頼(完)



「受けるとも」


 即座の答えに躊躇ちゅうちょはない。

 たとえ人命より“機密情報の確保”に任務の重点が置かれていたとしても、俺達が現地に急行するだけで、侵入者――この際、テロリストと云おう――の凶行に対する抑止力になれる希望はある。


 場合によっては、目的の途上で交戦することによってテロリストを排除できるかもしれない。




(ならば、受ける意味はある――)




 その真逆となる結果もあり得るのだが、そうしたリスクは本件に限らず付き物だ。


 そうだとも――。


 自分のスキルを活かし、誰かの役に立つことで報酬を得る。

 掲げた会社方針のひとつだが、それとも何ら齟齬はない。

 そう都合良く自己肯定するジュードの目は、本来の目的を見失った『請負箱』に自然と向けられる。

 “請求”の文字が忌々しい紙切れで溢れかえった『請負箱』を。


「すぐに条件を詰めてくれ」


 請求書の山から視線を切り、感情を殺してジュードが促せば、≪まず撤退刻限についてだが――≫相手は速やかに条件提示に移行する。


 コンパクトに説明を抑え、最後に施設警備員と同じ装備を支給する【付帯条件】とそうする必要性まで話し終えたところで、ようやく相手はひと息入れた。


≪これからおまえがすべきことは、すぐさま契約社員に招集をかけて、デンバー北西郊外にある『オブライエン牧場』へ現地集合させるだけだ。ヘリを待たせておく≫

「集合時間は?」

≪午後10時≫


 冗談だろ。

 どんなに早く連絡を済ませても、移動時間に30分も残せない。

 間に合うか?


「時間がなさ過ぎる」

≪それをどうにかするのも報酬の内だ≫


 そう云われてしまえば言葉もない。

 それに現在進行形の事案に対処するとなれば、時間との闘いになるのも当然のこと。


≪ちなみに、時間が無いから手付金の1万ドルをポストに入れておいた。契約替わりと思ってくれ≫

「……」


 ジュードが受けると確信していたのか。

 切れた受話器を忌々しげに見つめて数秒――ジュードは気持ちを切り替え、急いで一人目に連絡を取りはじめた。




******* 業務メモ *******

    



●メール受信

 11月18日 20:45 CSP実行の緊急メール  


●依頼内容

【依頼相手】警備保障YDS

【任務内容】YDSチームの支援

       ※YDSは機密情報の確保が目的

【任務期間】11月19日 午前4時までに撤退。

【付帯条件】交戦は施設警備に準じた武器類で。

       ※YDSより支給される。


●補足

・当局への通報は午前6時予定。

・装備を施設警備員と同じくするのは、特別チームが活動していた痕跡をなくすため。

・カラーレスにジュード以外の正社員はいない。

 他の三人は、事案ごとに契約する請負人コントラクターと呼ばれる者。しかもカラーレス専属で『登録リスト』に名を載せている変わり者でもある。

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