第3話 気乗りしない依頼(3)
急ぎの案件といいながら、前振りでごたついてしまったが、話の本題はここからだ。
≪今から約30分前、『セオドラ社』のさる研究施設から、“実験トラブル発生”の緊急メールが発信された。受けた本社担当は詳細を知るべくすぐさま連絡――しかし施設で応じる者は
この時点で推測されるのは、“実験トラブルの沈静化に失敗した”最悪のストーリー・ライン。
だが、相手は異なる展開を口にする。
≪ここで肝心なのは、回線が通じているのに“応答者がいない”という点だ。
施設の通信機器は正常に機能。加えて実験内容や施設の構造を考えても、実験トラブルの悪影響が別棟にある“通信室”に波及することはあり得ない≫
だから誰かが通信に応じれるはずなのだ。
それがないということは――。
≪つまり実験トラブルとは
その一足跳びな結論に、ジュードは疑念を口にする。
「“環境テロ”? 唐突すぎるワードだな」
≪依頼人にとってはそうでもない。施設では最新の医薬品開発を行っているから、動物実験も
調べた限りでは、新しく生まれた団体であるらしく、有名な『AL●(動物解放戦線)』から派生したことを匂わせたが、はっきりした関係は特定できなかったという。
「AL●ね……確か動物実験だけじゃなく、畜産や精肉加工業など動物を犠牲にして成り立つ産業全般を敵と見なすとか、破壊活動も辞さない過激な連中だと聞いたことはある。けど――」
≪コロシを厭わない“凶悪な連中”というわけではない≫
「俺の知る話も同じだな。なのに、俺達に声を掛けるほどの脅威を、そいつらに感じるのか?」
ジュードもよく知る組織ではない。それでもセオドラの反応は過剰すぎると思う。その納得いかなげな声音を相手は聴き取ったらしい。
≪きな臭いトラブルが起きているのは事実で、最も疑わしいのは外的要因であることに間違いない。そして現地に行けば分かるが、施設は簡単に侵入できる場所ではない≫
「それでも侵入した者がいる――?」
外的要因を推すのなら、そういう話になる。
さすがに相手としても“可能性の問題を論理的に語っているだけ”との自覚はあるのだろう。だから少しの間を置いて。
≪……云えるのは、どんな計画を練ったにしろ、協力者とテクノロジー、それに戦闘か強盗か某かの特別なスキルなしには達成できない難易度だということだ≫
「ただの“動物好き”じゃないってわけか」
例えば、捕鯨に異を唱える『シー・シェ○ード』のように、動物愛護活動には有力なパトロンが付き物だ。
潤沢な資金を背景に優秀な人材と機材を調達できるだろうし、あるいは動物愛にあふれた腕利きの元兵士なんかがメンバーにいるかもしれない。
世界中には正規軍属からあぶれた腕だけは優秀な元軍人が次々と生まれているのが実情だ。
≪襲ったのが誰にせよ、そもそも機密扱いしている施設の場所をそいつらは特定させたことになる。決して侮れる相手ではなく、だからこそ、現地での交戦も視野に入れての要請だ≫
「相変わらず……どっか胡散臭い案件だな」
あふれる疑心を隠さずジュードは大きなため息をつく。
まだ環境テロと決まったわけではない。
テロだとしても相手の実態は朧げなまま。
しかも舞台は、実験トラブルを発生させた秘匿性の高い民間施設ときたものだ。
何から何まで、事実を誤魔化すための怪しすぎるペイントで塗りたくられたようなシチュエーションにロクデモナイ結末しか見えなかった。
祖父のアゴ髭に誓ってもいい。
これはゼッタイに関わっちゃいけない案件だ。
だからジュードの声が非常にしぶくなるのも当然だった。
「大方の話しは分かった。結局は“現地に行かないと何も分からない”ということが、な」
≪だから、カネではっきりさせてやる≫
さすがに相手も百戦錬磨。
こういう場合の効果的な解決策を知っている。
≪報酬は5万ドル(およそ6百万円)。関連条件として――≫
「待て」
思わず制止していた。
「期間は?」
≪今夜から明日未明――正確には午前4時までだ≫
たった数時間で? 5万ドルも?!
あまりにも衝撃的な金額にジュードの思考が一瞬停止する。
それはそうだ。
業界の日給が一人当たり10から1000ドルと幅広いものの、5万ドルという大金の前には端した金もいいところ。
もちろん『カラーレス』が社長兼営業マンであるジュードを含めて四人しかおらず、頭数で割れば、一人当たり約1.2万ドルの配当になることも相手は計算の内だろう。
(いや、成功報酬一人1万ドルで残りの1万ドルは会社の利益に……)
それでも標準報酬の十倍など、一生に一度あるかないかのビッグ・チャンス。
創業三年目で名前も知られていない
≪――ジュード?≫
「聞こえている」
そう応えたものの。
受話器の向こう側に動揺とそれ以上の興奮を悟られぬよう、ジュードは一端、口元から受話器を離してゆっくり息を整えるのだった――。
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