第5話 パパ?
ルドルフについて会議した翌朝、私は二日酔いでまいっていた。
「修二くんごめーん。今朝は運転して」
「はいはい」
あまり心のこもっていない返事が聞こえた。
昨日ルドルフが心配になってきてしまった私は、ワインの3分の2,それでもすまず水割りまで飲んでしまったらしい。らしいというのは、例によって記憶をなくしているからだ。頭痛をこらえながら寝室を出てリビング・ダイニングに行くと、キッチンのシンクはきれいに片付いている。そして修二くんがテキパキと朝食の準備をしている。
「杏、トースト食べる?」
「やめとく」
修二くんはトースターに食パンを一枚だけセットした。私はインスタント味噌汁をマグカップに入れる。飲みすぎた翌朝、私の胃袋に味噌汁の塩味がしみる。
ガチャっと音がして、食パンが焼けた。修二くんはイチゴジャムを塗って食べ始めた。スマホが振動し、見るとSNSに着信している。カサドンだ。
「聖女様お酒いい加減にしないと、離婚されちゃいますよ」
心のなかで「そうだよねぇ」と返信する。
「カサドンだろ、心配させちゃだめだよ」
修二くんは私の心を見抜いている。
「うん、ごめんね。昨日片付けもやってくれたんでしょ」
「いや、杏がやってたよ」
「へ?」
「感心したよ、泥酔しても片付けだけはちゃんとやるんだ」
「はあ」
「そういえば明のやつ、シンクいっぱいに洗い物溜めてたな」
「そうなんだ」
「うん、緒方さんに見られたらキレられるな」
「だろうね」
そのように話していたら玄関の呼び鈴が鳴った。
「朝からなんだろ?」
修二くんがフットワークも軽く玄関に向かった。
玄関の扉の開く音がガチャッとした。続いて、
「パパ!」
という声が聞こえた。修二くんの返事は聞こえない。
「パパ! ママは?」
私は自分の耳を疑った。パパ? 修二くんはいつの間に隠し子を作っていたのだろう。私の感情は体内を駆け巡るアセトアルデヒドを一掃し、心拍数を上げ血圧を上昇させた。
私も玄関に向かうと、開け放たれたドアの前に立ち尽くす修二くんの向こうに一人の男の子がいた。
「あ、ママ!」
その子は私の顔を見て叫んだ。
ひと目見てわかった。修二くんをパパと呼び私をママと呼ぶその子は、ルドルフだった。「やっと見つけた」と言うその子を、とりあえず私達は家の中に入れた。
先程まで修二くんが座っていた椅子にルドルフを座らせる。ルドルフは部屋の中をキョロキョロとしている。冷蔵庫にあった牛乳をコップに入れてテーブルに置くと、ルドルフはそれを一息に飲み干した。
「もう一杯いる?」
「うん、お願い」
もう一杯出したら、やはり一口で飲み干した。まだいるかと聞いたら、もういいそうだ。
「ああ、時間やばい」
修二くんが時計を見ていった。液体窒素をチョッパー分光器に注ぎ足す時間が近づいているのだろう。
「修二くん、私、今日休むわ。宮崎先生には自分で連絡する」
「ああ、そうするしかないだろうね」
「パパ、行っちゃうの?」
「うん、時間だ。ママの言う事、よく聞くんだよ」
「わかった。行ってらっしゃい!」
ルドルフは玄関まで修二くんについて行って手を振って見送った。
玄関の閉まる音がして、トコトコとルドルフが戻ってきた。そして再び修二くんの椅子に座った。ニコニコと私の顔をみている。
ルドルフは4才くらいの見た目である。髪はボサボサ、ボロボロのスウェットの上下であった。
「ルドルフさ、シャワー浴びて着替えよっか」
「うん」
「ちょっとまってね」
宮崎先生に電話する。先生はすぐに出た。
「あ、神崎さん、たいへんだね。親戚の子、急に来たんだって」
修二くんが適当にストーリーを作っておいてくれたらしい。ただ、それくらい教えてくれないと話の辻褄を合わせるのに気をつけないといけない。
「はい、とりあえず今日は休みます。あの、研究は家でできることをやりますから」
「ああ、そうしてくれ。だけどその子の面倒ちゃんとみてあげてよ」
「はい、ありがとうございます」
ボロが出ないうちにとっとと切った。
バスタオルと私のトレーナーを用意して、ルドルフのところにもどる。
「こっち来て」
ルドルフを風呂場に連れていき、シャワーを出す。
服を脱がせとりあえずシャワーを頭から浴びるようにしておいて、ルドルフの来ていたものを洗濯機に入れる。
お風呂にもどると、ルドルフは突っ立ったまま気持ちよさそうにお湯を浴びていた。一旦お湯を止め、シャンプーと石鹸でルドルフの全身を洗う。けっこう汚れが酷く、頭も体も3回ずつ洗った。
タオルで全身を拭いてあげて、トレーナーを頭から被せる。オーバーサイズのワンピースを着ているみたいでかわいい。明るいところに連れて行って、スマホで写真を撮った。
洗濯ができたので、乾燥機にルドルフの服を入れる。
「乾くまで、ちょっと待っててね。その間、なにか食べよっか」
「うん!」
「なにか食べられないもの、ある?」
「だいじょうぶだよ、ヘビでもカエルでも食べるよ!」
「今までそんなの食べてたの?」
「ドラゴンの姿のときは、鹿とかクマとか食べてたよ」
想像以上にワイルドだった。
冷蔵庫の中には卵とかベーコンとか有った。キャベツも出す。それにちょうど、朝私が食べなかった食パンもある。スクランブルエッグとベーコンを焼き、キャベツを刻んで出す。パンは焼いてジャムを塗ってあげた。
「ルドルフ、おまたせ」
ルドルフはすべて手づかみで、飲むように食べ始めた。
次の更新予定
2025年1月10日 07:22 毎日 07:22
異世界から戻った元聖女は、物理をしながらふたたび異世界をめざす スティーブ中元 @steve_nakamoto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界から戻った元聖女は、物理をしながらふたたび異世界をめざすの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます