第41話 君は誰だ? 



 「あの! 武器は持っていないようですけど、大丈夫ですか?」

見たところ、腰に剣など下げていないし手にも何も持ってなかった。心配になって聞いてみた。


 「ああ、そうか。これで戦うよ」

 そう言って懐から取り出したのは、果物などを切るペティナイフだった。美丈夫な冒険者はこれで平気と言った。

 「そんな小さいナイフで、大丈夫ですか!?」

いくら強そうだからと言ってペティナイフで戦うなんて、無謀だ。


 「大丈夫。ほら」

ザシュッ! 軽く横へペティナイフを持った手を払っただけで、襲ってきた大キノコを真っ二つにした。

 剣筋が見えなかった……。ここまで剣を極めると、無駄な動きがなくなるものなのか。

「先に進むよ」

「あ、はい!」

グイグイ引っぱるわけじゃないけど、この人となら一緒に進んでも大丈夫と思えるような安心感があった。


 足早に進んで、あっという間に地下三階まで余裕でたどり着いた。

「ああ。ここは魔王が昔、盗賊たちの住処を滅ぼした場所だったな」

そう言い、僕をまっすぐに見た。この人は何を知っているのだろう?


 「そう、なんですか?」

冷静を装い、先へ進んだ。

 『僕は魔王じゃない。魔王になんかならない』

頭の中で自分に言い聞かせて、一歩一歩前へ進んだ。


 ふと気が付いて振り向くと、美丈夫な冒険者は僕の三メートル位の後ろで立ち止まっていた。

 「あの?」

動きもせずに僕をじっと見ていたので、どうしたのか声をかけようとした。


 「マオ君、俺はね。元勇者、なんだ」


 石のがれきが続く、この滅びた遺跡の建物は一回目の転生の時に壊した。このフロアのどこかにある、空気口から入ってくる風が僕の頬に当たった。それは冷たく感じて、両腕に鳥肌が立った。

 いや。この鳥肌は風のせいではないかもしれない。……殺気だ。


 「……教会で水晶玉越しに、お話しした方ですよね?」

女神様の鑑定があった夜。神父さんに連れていかれた教会で、水晶玉越しに話をしたリーダーっぽい人だった。

 教会の神父さんも、元勇者のパーティーの一人だったようだ。

 

 「ふ――ん? 気が付いていたみたいだね」

元勇者はさらに僕へ殺気をぶつけてきた。ビリビリと全身へ、痛いほどの殺気を浴びている。お互いに身動きせず、視線を外さなかった。


 「俺は勇者の、アルトスティン•ゲラウェア•バルトルディ•ルトスだ」


 

「……え? すみません。もう一度、お名前いいですか?」

長くて覚えきれなかったので聞き返した。


「もう一度だけ言う。俺は、アルトスティン•ゲラウェア•バルトルディ•ルトスだ」

少し怒ったようにもう一度、教えてくれた。でも……。

 「アルト、ス……?」

 ダメだ。覚えきれない! 申し訳なく思いながら、元勇者の顔から眼をそらした。


 「ああ。ああ、わかった。お前もミゲルと同じく、俺の名を覚えられ無いんだろ! いいよ、アルス で」

 呆れたように、あきらめたように元勇者のアルスさんは言った。


 「すみません、アルスさん」

名前が長すぎて言えなかった。殺気は解いてくれたらしい。

 

「はあ……。何なんだ? お前」

ため息をついてアルスさんは、しゃがみこんだ。呆れたような顔をして僕を上目使いで見た。しばらく僕をじっと見ていて、何か決めたように「よし!」と立ち上がった。

 何も言えずに僕は、アルスさんとアルスさんの後ろに見えるがれきの遺跡をただ見ていた。


 「マオ。お前はどう見ても、平凡で善良な青年だ。だが、その体の中に【】がいる。いったい、君はマオか魔王誰だ?どちらだ?」

 

 君は誰だ? ――いきなり言われて戸惑った。だけど。

「僕はこのリール辺境村で生まれ育った、平凡な マオ という名の村人です! 魔王ではありません……!」


 「ただこの命が尽きるまで、美味しい食事が食べられる宿屋をやっていきたい。そのためにはもっと頑張るつもりです!」

自分に言い聞かせているようだった。僕は魔王になんかならない! 顔は下を向いてしまったけれど奥歯を食いしばって、両手を強く握りしめて言った。


 やっぱり僕は失敗してしまうのか。一回目の転生は、なりたくて魔王になったのではないのに。


 「……わかった。君はマオ、だ」

「え……?」

 アルスさんはつかつかと僕の前まで歩いてきて、手首をいきなり掴んだ。


 「このミゲルからもらった銀のブレスレットは強力だし、君のその強い思いがあれば、魔王にはそうそうならないだろう」

 手首を掴みながらアルスさんはそう言った。

 「元勇者パーティーの一人、賢者のミゲル・フラントの特製銀のブレスレットだからな」


 「えっ!? あのうちの村の神父さん……、教科書に載っていた伝説の、国一番の回復魔法使いの賢者 ミゲル・フラントさんなんですか!?」

 なんでこんな辺境の村に? という疑問が頭にたくさん浮かんだ。


 「まあ、そうだな。何でかは、本人に聞けばいい」

手首を放してくれたアルスさんは穏やかに笑った。


 「あの僕は……」

「大丈夫、なんだろ?」

 アルスさんはそう言って、僕の肩をポンポン叩いた。どうやら僕は元勇者さんと対決せずに済んだようだ。

 「はい」


「ルルンがさ……。マオ魔王のこと気が付いてないんだよね、まだ。それでも幼馴染の君のことが心配で、この剣の先生にマオの実力を見てきて欲しいなんて、頼まれちゃって。まったく」

 ルルンはこの人直々に剣を習っているのか。すごいな。


 「……ただ様子を見ていて正体を隠しているのか。それとも本当に魔王になりたくなくて隠しているのか、見極めたかったのさ」

 「アルスさん……」

そうだったのか。てっきり僕は、このダンジョンの地下でひっそりと、亡き者にされてしまうのかと思ってしまった。


 「じゃ、戻ろう!」

 「えっ!? ちょっとまっ……!!」

アルスさんは、無詠唱で魔法を使った。僕はいきなり強い魔力を当てられて、魔力酔いを起こしてしまった。



 「ったく、お前は自由すぎる!」

神父さんの声で気が付いた。怒っているようだ。……神父さんがいるってことは、ここは教会かな? 

 「いいじゃん! たまの休みになにしたってさ」

 アルスさんも近くにいる。二人はお互い話し合っているようだ。僕はベッドに寝かされているようだった。


 「で? マオはどうだったんだ?」

神父さんが、僕の名前を出したから狸寝入りをすることにした。なんのことだろう?

 「ああ。お前の銀のブレスレットのおかげとマオの強い意思で魔王は、ほぼ封じ込められているようだ」

 「そうか……。良かった」

 二人は僕の体の中にいる、魔王のことを話し合っているようだった。


 「なんだかんだ言ってお前ミゲルは、マオのこと心配しているんだろう?」

「……そうだな」

 神父さんは普段僕に絡んでくるけれど、実は心配してくれたらしい。


 「ありがとう御座います! 神父さん、アルスさん!」

僕が飛び起きてお礼を言うと、神父さんは照れたのかそっぽを向いた。

 「勘違いするな。監視しているだけだ」


 そんな神父さんのことを見てアルスさんは、指をさして笑った。僕はクスっと笑って二人を見ていた。

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