第5曲 感情のシンコペーション①

 3日後、俺達はグラススタジオに集まる予定を立てていた。


 平日の屋上。

 相変わらずこの喫煙所には、人がまったくいない。

 今日は、曇り空だ。

 タバコのフタを開け、俺は匂いを嗅いだ。

「はー。いい加減やめねぇとなぁ。」


 佐山が辞めてギターボーカルになった俺は、一応声を気にしてマスクをいつもしている。

 タバコなんて、身体に悪いだけだろ!

 なんて言われるだろうがめれない自分がいる。


 結局、タバコを口に咥え、火をつけた。

 欲望には、抗えられん。

 人間そんなもんだ。


 ────ガチャ


 蓮弥れんやは、今日も早いな。

 なんて思っていた。


「うぃ~す。」

 糸ノ瀬いとのせが入ってきた。


 すでに、咥えタバコで今にも火を着けそうだった。

 俺の前にイスを滑らせ、ピースのタバコをイスに置いた。


「いい天気っすね。雨降らないかなー。」

 そう言って糸ノ瀬は、タバコに火を着けた。


「日差し嫌いなのか?」


「えー、まぁ、肌焼けるんで。」

 その不健康そうな肌を露出させて日差しにでれば、それゃあ傷みをともなってくるだろうな。

 そんな、セクハラまがいの言葉が出そうになったが飲み込んだ。


 俺は、また空を見上げた。

 空気は、湿っていて今にも雨が降りそうだ。


「お前、傘持ってきたか?」


「いや、全然。」

 全然持ってきてない。の意味は、よくわからないが、持ってきていないのだろう。


「サウロさーん。タメ口いいっすか?

あーし。敬語よくわからないんで。」


 聞いてくる時点で律儀だというか、まぁ、礼儀はわきまえているらしい。


「いや、でもなぁ、蓮弥と拓史もいるしなぁ。」

 俺がそういうと、糸ノ瀬は灰皿にタバコを捨ててため息をついた。


「はぁー。わかった!文句言ってきたら、あーしが、あいつらのち○こ潰すわ。」


「はは…は。」

 俺は、苦笑いすることしか出来なかった。

 敬語使うの嫌です。

 なんて、直接言われたのは初めてだった。

 使いたくないのだろうな、と感じる人には、あったこともあるが。

 上下関係を嫌うその人種は、俺は、嫌いでもなかった。上昇思考の表れなのだと俺は思うから。


「でも、場をわきまえろよ。音楽社会も、上下関係があるんだから。」


「へーい。」


 ブルルルル


 スマホのバイブレーションが左のポケットから響いてくる。


 トークアプリに蓮弥れんやから連絡がきていた。

『すんません、今起きました。』


 もう昼過ぎだっていうのに…

 蓮弥は、今日これそうにないな。

 俺は、適当に返事をしてタバコの火を消した。


「蓮弥、今日来れそうにないらしい。とりあえず練習するか。」


「もう1本吸ってから行く~。」

 そう言って曇り空を眺めながらタバコに火を着ける糸ノ瀬は、昔、あこがれたロックバンドのシルエットそのものだった。


 俺は、一人5階に降りてスタジオの扉を開けた。


 ───ガチャコッ


 まだ拓史は来ていないようだったので俺は、トークアプリに連絡を入れておいた。

「そういえば、秋山のやつも来てないな。あとで糸ノ瀬に聞いて見るか…。」

 そう思いながら、俺は、準備を始めた。


 俺の重いエフェクターケースには、今まで仲よくなったバンドのステッカーが貼ってある。

 たまに、ライブのパスステッカーなんて貼っている奴がいるが俺は、邪道だと思う。

 パスステッカーなんて貼るやつは、思い出作りに来てるやつだけだと俺は思っている。

 一つ一つのバンドにドラマがあって、俺はそれを大切にしていきたいと思っている。


 ───ガチャコッ


「このドア重すぎるだろ!」

 糸ノ瀬が入ってきた。


「しかたないだろ、防音てのはそんなもんだ。ところで秋山は?」


「あー。今日仕事。あいつ会社員だから。」

 なるほど。

 そりゃぁそうだよな。

 平日の昼間っからスタジオ借りて練習なんて、学生か平日休みの大人だけか。


「サウロ、仕事は?」


「あぁ。仕事というか今までは、チケット代と物販、あとは、ネットとかで、それなりに余裕があるぐらいには…あとは、たまにライブハウス関係者から連絡あってそれを手伝をして、お金をもらうぐらいだな。」


「もうかってまっか?」


「ぼちぼちでんな。」


「糸ノ瀬は、バイトとかしないのか?」


「あーしの親、金持ちだし。」


「あっそ。」


 そんな会話をしながら、お互い準備をしていた。


「お前!アンプの上に水を置くんじゃねぇよ!」

 アンプをろくに触っていないと、よくあるミスだ。


「そんな怒らなくてもいいじゃん。」


「お前、水なんてこぼしてみろ!いくらすると思ってるんだ!」


「知らん!」

 そう言って糸ノ瀬は、アンプの上にあった水の入ったペットボトルをイスの上に置いた。


「つか、あーしのことも下の名前でいいよ。」


「あ!?…あぁ。」

 どういう心境の変化なのかわからないが、とりあえず俺は返事をした。

「じゃぁ…姫星きてぃ。」


 姫星は、グッとギターのネックを両手でもってそれを俺に振り下ろそうとした。

「そっち、じゃねぇだろ。クソがぁ。」


 そっちってどっちだよ。

 俺は、そう心の中でツッコんだ。


「準備は、できたかひめ。」

 なんだか姫なんて言ってる俺が恥ずかしくなってくる。


「はーい。」

 しっかりとオリジナル曲は、覚えてきた様だった。


「ドラムの子は?」

 そう言って姫は、ポケットからガムを取り出し口に入れた。


「そのうち来るだろ。」


「ふーん。くちゃくちゃくちゃ」


 俺達はギターだけで練習して、そのまま練習時間が終わった。

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