第2話 ハネくん

翌日も夕方になると、美咲先輩は図書室にやってきた。

いつものように窓際の席に座り、控えめに微笑んで挨拶をしてくれる。

その仕草は自然で、彼女がここにいるのがごく当たり前のように感じられた。


「ハネくんって呼んでもいい?」

突然の問いかけに驚いて、僕は思わず聞き返した。


「……ハネくん、ですか?」


「うん。羽田くんだとちょっと堅いでしょ。私なりに親しみを込めてみたの。」


その柔らかな微笑みに、僕はなんとなく断れず頷いた。

「……まあ、いいですけど。」


「ありがとう。」

彼女は満足そうに微笑みながら、机に肘をついて窓の外を眺めた。


それから、彼女は僕を「ハネくん」と呼ぶようになった。

その響きには不思議と温かさがあって、聞くたびに胸の奥がふわりと柔らかくなるような気がした。


彼女との会話はいつも何気ないものだった。

「今日はどんな本を読んでるの?」

「外の桜、昨日より少し散ってるみたいだね。」

「ハネくんって、図書室が好きなんだよね。」


どれも特別な話題ではなかったけれど、その時間はどこか心地よくて、毎日が少しだけ待ち遠しくなっていた。


「どうして図書室に来るの?」

ある日、彼女がふと尋ねてきた。


「教室だとなんだか落ち着かなくて。ここは静かで、自分だけの場所みたいに感じるんです。」


僕がそう答えると、彼女は目を細めて微笑んだ。

「そっか。それ、ちょっとわかる気がする。」


その言葉が何を意味しているのかはわからなかったけれど、彼女の言葉はどこか胸に響いた。

その日は、彼女が窓の外を見つめる横顔がいつもより印象的に思えた。

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