第9話 シャドウベヒーモス
夜明け前、静寂に包まれていた村は、見張り台の村人の叫びによってその眠りを破られた。
「魔物だ! すさまじい数だぞ! こんなの、見たこともない!」
望遠鏡を覗き込んだ見張り役の顔が青ざめる。
「
その報告を受け、防壁に詰めていたベルトランが低く唸りながら指示を飛ばした。
「全員、持ち場につけ! 弩を構えて胴体を狙え! 急所を狙う必要はない、勢いを削ぐんだ!」
村人たちは震える手で弩を構え、指示通りに矢を装填する。鍛冶場から弩の矢を抱えて運んできたアイリスが村人たちを励ますように声を上げた。
「みんな! 矢が切れたらすぐ知らせて! 新しいのを届けるから!」
村の外では、マコトが操るロボット小隊――スピナーくん、クローラー、スカウトが魔物の群れに立ち向かっていた。マコトはパワードスーツの内部で汗をにじませながら指示を送る。
「スピナーくん、前衛で群れの勢いを止めろ! クローラーは猛角豚を優先して攻撃! スカウト、空中の毒蜂を狙い撃ちだ!」
スピナーくんが地を蹴って飛び出し、脚先に土の精霊の力を宿しながら狂乱する小鬼の頭部を鋭く貫いた。クローラーは鉤爪を振り下ろして猛角豚の突進を受け止め、蒸気駆動の火炎放射器で敵を焼き払う。
「スカウト、残りを頼む!」
スカウトは空高く飛翔しながらどき毒蜂の群れを狙撃。放たれる圧縮石弾が蜂の体を次々と撃ち抜き、地面に落としていく。
そして防壁の中では、エストゥールとその部下たちが魔法で後方支援を行っていた。瘴気に侵された村人が運ばれてくるたび、部下の一人が詠唱を始める。
「聖なる光よ、穢れを払いし清浄の流れとなれ――
光に包まれた村人の体から瘴気が抜けていく。別の部下は傷を癒す回復魔法を繰り出し、負傷者を次々と戦線に復帰させていた。
そんな中、エストゥールは防壁の上で杖を構え背後に複雑な魔法陣を展開していた。その魔法陣がゆっくりと回転し、赤い光を帯び始める。
「深淵の光よ、暁を穿て。天を裂き、地を焼け――
エストゥールの杖が振り下ろされると共に、空中に現れた巨大な炎の輪が猛角豚の群れに向かって降下した。炎の輪が地面に接触すると爆発が発生し、猛角豚や変異小鬼の群れを焼き尽くす。
「す、すごい……これが王都の大魔術師の力……!」
村人たちはその威力に息を呑む。
だが炎に包まれた魔物を踏み越えて、後続の魔物は次々と押し寄せてくる。
村の外では、マコトのロボット小隊が狂乱の津波に立ち向かっていた。
「スピナーくん、先頭を崩してくれ! クローラーは猛角豚を抑えろ! スカウト、空中の毒蜂を叩き落として!」
スピナーくんは四脚で地面を抉りながら前進し、小鬼たちを跳ね飛ばす。脚先に土の精霊の力を宿し、地面を削るように攻撃するたび、小鬼たちが散り散りに吹き飛ばされる。
クローラーは火の精霊を使った火炎放射で猛角豚の進路を塞ぎ、その巨体を焼き尽くす。しかし、闘猛角豚が突進してきて鉤爪とぶつかり合い、互いに一歩も引かない激しい攻防を繰り広げる。
スカウトは樹上を移動しながら毒蜂を次々に撃ち落とす。風の精霊を宿した圧縮石弾が毒蜂の胴体を正確に撃ち抜き、地上へ墜落させていく。
「いいぞ、みんな! その調子だ!」
防壁の外で激戦が続く中、辺りに濃密な瘴気が立ち込め始めた。遠くから聞こえる重い足音。
空気が一変し、戦場全体が静まり返る。
「……あれは……」
アイリスが震える声を漏らす。
視線の先には、ねじれた三本の角を持つ巨大な頭部が現れた。四つの赤い瞳が周囲を睥睨し、棘毛が瘴気を纏いながら金属のように煌めいている。
その巨体が一歩進むたび、大地が揺れる。
「あれがシャドウベヒーモスか……!」
エストゥールが杖を構えながら呟く。
続けて杖を振り下ろし、天を指し示す。
青白い魔法陣が空に浮かび、鋭い光が槍の形に凝縮されていく。
「雷よ、天を駆ける一条の光となりて敵を穿て――
光の槍が一斉に放たれ、シャドウベヒーモスの四肢を目掛けて突き刺さる。電撃が周囲に放電し、激しい雷鳴が轟くが、依然として巨体は揺るがない。
「なんと……!」
エストゥールの顔に焦りの色が浮かぶ。
「エストゥール様、私たちも援護します!」
若い魔法使いが魔法陣を展開し、風の刃を次々と放つ。
「裂けよ、蒼天。刃を纏い、全てを断つ風となれ――
シャドウベヒーモスの四つの目を凄まじい大気の刃が襲う……!
しかし巨体を素早く翻すと全身の棘毛が一斉に逆立ち、全ての風の刃を弾き返す
しかしエストゥールは杖を握り直し、部下たちに冷静な声を掛ける。
「補助魔法を怠るな。奴の注意を引きつけるのだ!」
その巨体は鋼鉄の要塞を思わせるほどに威圧的だ。棘のような毛並みは金属光を帯び、瘴気を纏いながらまるで意志を持っているかのように揺れている。
頭部にはねじれた三本の角が突き出し、赤黒く輝く四つの瞳が戦場を見下ろしていた。
マコトは深呼吸をし、ロボット達に指示を与える。
「末を操作してロボットたちに指示を送る。
「スピナーくん、脚部を狙え!クローラーは側面に回って鉤爪で牽制!スカウトは後方から弱点を探しつつ攻撃支援だ!」
スピナーくんが四脚を活かして地を這うように疾走し、シャドウベヒーモスの足元に迫る。四脚を素早く動かし、脚先に土の精霊の力を込めた一撃を放つ。
「脚部の関節を狙え、スピナーくん!」
脚先が黒い皮膚にめり込む。しかし――
「なんて硬さだ……!」
黒い棘毛が鋼鉄の刃のように動き、スピナーくんの脚を絡め取ろうとする。スピナーくんはすぐに後退しようとするが、シャドウベヒーモスが巨大な足を振り上げ、スピナーくんを地面に叩きつける。
ゴリッ……!
スピナーくんの胴体がわずかに歪み、動きが鈍る。
「くそ……まだやれる、もう一度だ!」
スピナーくんは体を震わせながら再び前進し、執拗に脚部を狙い続けるが、再び振り下ろされた巨大な足に押しつぶされ、完全に沈黙する。
続いて、クローラーが鋭い鉤爪を振り上げながら突撃。火の精霊の力を込めた鉤爪が赤熱化し、シャドウベヒーモスの脇腹に迫る。
「棘毛の無い柔らかい部分を狙うんだ!」
鉤爪が黒い皮膚に傷を刻むが、浅過ぎた。
さらに怒ったシャドウベヒーモスの尾が大きくしなり、鞭のようにクローラーを弾き飛ばす。大地に叩きつけられたクローラーの装甲が剥がれ、蒸気が漏れ始める。
それでもクローラーは諦めず、もう一度立ち上がって突撃を試みる。しかし、シャドウベヒーモスが口を大きく開き、その鋭い牙でクローラーの胴体を噛み砕く。
同時にスカウトが、シャドウベヒーモスの背中や頭部を狙い、石弾を放つ。圧縮された弾丸が何度も命中するが、その分厚い筋肉はほとんどダメージを受けていない。
「効かない……なら目を狙え!」
スカウトが飛び上がり鋭い角度で急降下し、四つの赤い瞳の一つを狙う。弾丸が命中し、シャドウベヒーモスが一瞬顔を逸らすが、そのわずかなダメージで怒りを増幅させた巨獣はスカウトに牙を向ける。
次の瞬間、シャドウベヒーモスが地面を蹴り、驚異的な跳躍力でスカウトに迫る。大きな爪がスカウトを叩き落とし、空中でその機体がばらばらに砕け散る。
「……スピナーくん、クローラー、スカウト……!!くそ、ここからは俺の番だ!お前達の仇を討つ!」
大破したロボットたちを横目に、マコトは蒸気を全開にしたパワードスーツで突撃する。
左拳に風の精霊、右拳に火の精霊の力を込めた連撃を繰り出す。
「これでも食らえ!」
拳がシャドウベヒーモスの脇腹に直撃し、黒い皮膚に焼け跡をつける。
だが、それは表面を焦がしただけにすぎなかった。巨獣が爪を振り下ろし、パワードスーツを弾き飛ばす。
「ぐっ……まだだ!」
マコトはスーツの各部から漏れる蒸気に目をくれず、再び突撃する。足元を狙い、跳躍力を活かした連続攻撃を試みるが、シャドウベヒーモスはその全てを弾き返し、爪や尾を嵐の様に振りかざしで悉く迎撃した。
スーツの装甲が次々と壊れ、左腕が完全に機能停止。右拳も動きが鈍くなる中、シャドウベヒーモスの尾が再び襲いかかる。
「ぐああっ!」
スーツが吹き飛ばされ、大地に叩きつけられる。
胸部装甲が完全に剥がれ、内部の蒸気機関がむき出しとなる。
「マコト! もうやめて! これ以上は――!」
その声を振り切るように、マコトは前を向いたまま拳を握りしめた。
「俺が止まったら、村のみんなが……全員がやられる! だから……やるしかないんだ!」
その言葉を遮るように、シャドウベヒーモスが瘴気を撒き散らしながら突進してくる。
その様子にエストゥールは低い声で呟いた。
「……サトウマコト、やはりお前の力ではここまでなのか……」
だが、マコトの目にはまだ諦めの色はなかった。彼は叫ぶように空を見上げた。
「来い――
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