第8話 迫り来る巨影


王宮では、辺境の村に迫るシャドウベヒーモスの情報が伝わり、その対応について議論が続いていた。

大臣たちは皆、眉をひそめ声を荒げている。


「この状況で、辺境の村一つを救うために兵を派遣するなど、本末転倒ですぞ!」

 

「魔王軍の脅威が増している中、戦力を割く余裕などありません!」


その議論を、ガルドル王は苦々しい表情で聞いていたが、やがて低い声で口を開いた。


「だが、シャドウベヒーモスを見過ごせば、さらに被害が広がるのは明白だ。それを放置するわけにはいかん。」


「しかし陛下!」


大臣の一人がさらに反論しようとしたその時、大魔術師エストゥールが杖を軽く突いて進み出た。


「陛下、ここは私にお任せください。」


ガルドルはその言葉に驚いた様子を見せた。


「お前が行くというのか?」


「はい。私と部下数名で村へ向かい、状況を確かめます。そして、必要であれば王都へ援軍を要請する準備を整えます。」


「……そうか。だが、危険と見たら村人を即座に避難させ、安全を最優先にしろ。」


エストゥールは深く頷き、部下に出発の準備を命じた。


エストゥール一行が村に到着したのは夕刻だった。彼らの前に広がる光景は、言葉を失わせるものだった。高さ数メートルの防壁が村全体を囲み、その外側には深い堀が掘られている。防壁の上には見張り台が立ち並び、武装した村人たちが慌ただしく所定の位置に向かっていた。


「……これが本当に辺境の村なのか?」


部下の一人が呟き、エストゥールも杖を握り直してその光景を見つめた。


「防壁にしても、堀にしても、これは普通ではない。何か……奇妙な力を感じる。」


防壁に近づいたエストゥールは、その表面に手を触れた。滑らかな質感と硬さに驚き、思わず声を漏らす。


「……これは……石ではないのか? いや、こんなに滑らかで硬い石など見たことがない。」


その時、防壁の上から声が響いた。


「エストゥール様、お久しぶりです。」


見下ろしていたのはサトウマコトだった。防壁の階段を降りてきた彼を見て、エストゥールは眉をひそめた。


「サトウマコトか……久しいな。これはお前の仕業か?」


マコトは軽く頷き、静かに答えた。


「はい。この防壁は、僕が考えた『コンクリート』という素材を使って作りました。」


「コンクリート……? それは何だ?」


エストゥールの声に、部下たちも興味深そうに耳を傾ける。マコトは防壁を軽く叩きながら説明を始めた。


「コンクリートは、僕の世界で建築に使われている素材です。砂や水、小石を混ぜ合わせて固めたもので、石よりも丈夫で加工もしやすいんです。」


「……お前の世界の技術、か。だが、この防壁だけでなく、この村全体が……まるで要塞のようになっているのはどういうことだ?」


エストゥールが村内を指差すと、見慣れない動きをする「何か」が視界に入った。


「……あれは何だ?」


エストゥールが指差したのはスピナーくんだった。四脚で地面を這うように動きながら、周囲を巡回している。エストゥールの部下が警戒心を強める。


「……魔物か? いや、それにしては動きが規則的だ。」


マコトは少し微笑みながら答えた。


「あれは僕が作った『機械』です。」


「キカイ……? それはどういう意味だ?」


エストゥールが鋭い目でマコトを見つめる。マコトは少し考えてから、ゆっくりと答えた。


「僕の世界では金属の部品と動力を組み合わせた物を『機械』と呼びます。そしてこれらの機械は精霊の力と蒸気の力を組み合わせて動かしています。スピナーくん、こっちに来て。」


マコトの声に反応して、スピナーくんが軽快な動きで近づいてきた。

その動きを見て、エストゥールも部下たちも言葉を失った。


「……これは……生き物ではないのか?」


エストゥールが低く呟くと、マコトは首を振った。


「いいえ、云わば道具です。精霊の力を使って動く『道具』なんです。今はまだ、ですが……僕の世界ではこういう技術が進んでいて、これを応用することで村の防衛に役立てています。」


エストゥールはスピナーくんをじっと観察し、その精巧な作りと滑らかな動きに目を見張った。


「精霊と蒸気……お前の世界の技術……。短期間でこれほどのものを作り上げたというのか。」


村の様子を見て回ったエストゥールは、再びマコトと向き合った。


「サトウマコト、お前の力、そしてこの村の防備、確かに見せてもらった。だが、ここに迫るシャドウベヒーモスは想像を絶する脅威だ。この村で迎え撃つことができると、本気で思っているのか?」


マコトは短く頷き、毅然とした声で答えた。


「僕たちは覚悟を決めています。この村を守るために、できる限りの準備をしてきました。村の人々も、誰一人逃げるつもりはありません。僕たちには、この村を守る理由があります。」


エストゥールはしばらく黙っていたが、やがて杖を突き、部下に向けて命じた。


「王都へ連絡を入れろ。この村の状況を伝え、援軍の派遣を要請するのだ。」


部下が頷き、通信魔法の準備を始める。エストゥールは再びマコトに向き直り、静かに微笑んだ。


「サトウマコト、お前の覚悟、確かに見せてもらった。この村の戦い、私も見届けよう。」


その時、遠くの森から轟音が響き渡った。シャドウベヒーモスの巨影が木々を薙ぎ倒しながら近づいてくる。


「……来たか。」


マコトは防壁の上に駆け上がり、村全体を見渡す。エストゥールも杖を構え、迫り来る巨影を睨みつけた。


「この戦いの中でお前の本当の力を見せてもらうぞ。」


魔術師たちと村人はそれぞれの持ち場に急ぎ、決戦の準備を整え始めた。

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