第6話 災厄の兆し

ある朝、村の広場に大きな荷馬車が到着した。

その馬車から降り立ったのは、赤い外套を纏った旅商人の男性だった。

彼は慣れた様子で荷物を下ろし、村人たちに声をかけていた。


「さてさて、皆さん! 今日も珍しい品物をたくさん持ってきましたよ! 武器に防具、さらにはちょっとしたお楽しみ用の道具まで揃えております!」


その声に誘われ、マコトも広場に足を運んだ。

興味を引かれたのは、商人の荷物の中に並べられた分厚い書物だった。


「おや、あなたは見ない顔だ。新しい村人さんですか?」


「ええ、そうです。マコトと言います。ちょっと気になるものがあったので……。」


「お目が高い!こちらは中々手に入らない魔物図鑑ですよ。冒険者たちの記録をまとめたもので、魔物の習性や弱点なんかも載っています。」


商人が誇らしげに見せたのは、古びた革表紙の本だった。その表紙には「魔物図鑑・第一編」と書かれている。


「以前村が魔物に襲われた事があったので、何か参考になる情報が欲しかったんです。」


「なるほど、ではこれがお役に立つでしょう。少し値が張りますが……どうします?」


マコトは即座に金を差し出し、図鑑を購入した。

それから商人と少し話し込み、魔物に関する情報をいくつか聞き出す。


「最近、この辺りで見られるのは小型の小鬼ゴブリン炎吼犬ブレイズハウンドといった中型の魔物が多いですね。でも、もっと気になるのは……」


商人は声をひそめて続けた。


「シャドウベヒーモスです。」


「シャドウベヒーモス?」


マコトは聞き覚えのない名前に首をかしげた。


「普通の魔物とは違う、まさに災厄そのもの......最近王国の辺境近くに現れたという噂があり、隊商や小さな村がいくつも壊滅的な被害を受けたとか。王国の騎士団も出動したが、いまだに討伐できていないそうですよ。」


「村が……。それで、その魔物は今どこに?」


マコトの問いに、商人は深いため息をついた。


「問題はそこです。行方が分からないんですよ、その巨大な体躯が消えたりする訳がないんですが……噂では森の奥深くに潜んでいるとか、次の獲物を探して移動しているとか、色々とささやかれていますがね。」


「……そうですか。」


マコトは商人の話に耳を傾けながら、胸の奥に不安が広がるのを感じた。



商人が去った後、自宅のランプの明かりの下、マコトは魔物図鑑を開いた。

 

小鬼ゴブリン……単体では脆弱である。個体ごとに知能差があり、集団で行動すると厄介になることが多い。」


炎吼犬ブレイズハウンド……炎を纏った中型の魔物。素早い動きが特徴で、群れで狩りをする習性がある。弱点は水属性の魔法。」


一つ一つの記述に目を通しながら、マコトはロボットたちの装備や作戦を調整するヒントを見つけていった。


(なるほど……これなら、クローラーには冷却用の水タンクを増設しておけば、炎吼犬への対処がしやすくなるかも。スカウトはもっと遠くから狙える様に精密射撃機能を強化する必要があるな。)


さらに図鑑を読み進めると、最後の方にシャドウベヒーモスの記述があった。


シャドウベヒーモス:

まるで城壁の様な体躯の巨大な魔物。全身が黒い瘴気に包まれ、その瘴気に触れるだけで生命力を削り取られる。巨体から振るわれる力は圧倒的で、通常の武器や魔法では効果が薄いとされている。唯一の弱点は――


そこまで読んだところで、ページの下部が破れ、重要な情報が欠けていることに気づく。


「弱点……おいおい、この部分が破れてるのかよ……。」


マコトは舌打ちしながら図鑑を閉じた。だが、頭の中ではすでにシャドウベヒーモスを想定した戦略が渦巻いていた。


数週間後、再び魔物の群れが現れたとの報せが届いた。見張りの青年が息を切らしながら村長の元へ駆け込み、その情報を伝える。


「魔物が、また村の方に向かってきています! 数は小型が20体以上、中型も混じっています!」


村長はすぐにマコトを呼びに行った。


「マコト! すまないがまた頼らせてくれ。前回のように、君の力が必要だ!」


「分かりました。すぐに対応します。ただ……今回は少し様子が違うかもしれません。」


マコトの胸には、商人から聞いたシャドウベヒーモスの話がよぎっていたが、今は目の前の敵を撃退することが優先しなければならない。


村人に案内されて現場に到着するとマコトはすぐさま3体のロボットを展開する。


「スピナーくん、地雷の設置を頼む。クローラーは後方から援護。スカウトは遠距離から狙撃準備!」


それぞれのロボットが指示に従い、持ち場へと向かう。

マコトはスピナーくんに特別な地雷設置機能を組み込んでいた。

地雷はコンパクトで鋼鉄製の殻に覆われており、精霊の力を内包している。

一定の圧力や衝撃を感知すると、内部の力が爆発して周囲を吹き飛ばす仕組みだ。


スピナーくんは地面を這うように素早く動きながら、魔物の進行方向に地雷を次々と設置していく。その動きは蜘蛛を思わせ、複雑な地形にも対応して巧みに進んでいく。


「いいぞ、スピナーくん! その調子だ!」


地雷を踏んだ小型の魔物たちは次々と爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされる。

音と閃光に驚いた他の魔物たちは動きを乱し、その隙にスピナーくんはさらに多くの地雷を仕掛けていった。


一方、クローラーは後方でその巨大な体を低く構え、新しく搭載された火炎放射装置を作動させた。火の精霊の力を利用し、圧縮された炎を遠くまで放射することが可能になっている。


「クローラー、焼き払え!」


マコトの声に応えたクローラーは、熱波を伴った炎を放射し、小型魔物の群れをまとめて焼き尽くした。炎に包まれた魔物たちは、逃げ惑いながら次々と倒れていく。


あっという間に付近の高い木に登ったスカウトは地の利を活用して狙撃を始めた。石弾で精密に狙い、魔物の頭部を撃ち抜いていく。

スカウトの石弾は風の精霊の力を利用して加速されており、遠距離からでも威力と命中精度が抜群だ。

中型の魔物がクローラーに後ろから襲い掛かろうとする様子を見つけると、スカウトは狙いを定めた。


「今だ!」


鋭い音と共に放たれた石弾が、中型魔物の頭部を貫き、巨体がその場に崩れ落ちた


ロボット小隊の連携による攻撃で、魔物たちの秩序は完全に崩壊した。地雷で進路を封じられ、火炎で焼き払われ、上空から狙撃される――その連携に対応できる魔物はいなかった。


マコトは戦況を見守りながら、ロボットたちに次々と指示を送る。


「スピナーくん、もう少し後方にも地雷を設置しておいてくれ。クローラー、炎の範囲を広げろ。スカウト、残りの中型魔物を狙え!」


スピナーくんが巧みに地雷を追加設置し、クローラーがさらに火炎を撒き散らす。スカウトも上空から石弾を放ち続け、魔物たちを着実に減らしていった。


戦闘が終わる頃には、魔物の群れはほぼ全滅していた。マコトはロボットたちを回収しながら、戦場を見渡す。


「……妙だな。」


魔物の群れを撃退した後、マコトはロボットたちを回収しながら魔物の死体を観察していた。地雷や火炎放射、石弾による傷跡の中に、奇妙な傷が混ざっているのを発見した。


「……これは?」


マコトは一つの死体にしゃがみ込み、その表面に深々と刻まれた爪痕のような傷をじっと見つめた。

それは鋭利な刃物で引き裂いたように均一でありながらも、荒々しい力で引き裂かれた痕。


「ロボットたちの攻撃じゃ、こんな傷はつかない……。」


さらにいくつかの死体を確認すると、似たような傷が複数見つかった。それらはどれも先程の魔物同士の争いでは説明がつかないものだった。


(まるで……別の何かに襲われたみたいだ。)


マコトは状況を整理しながら立ち上がる。思案の末、スカウトを呼び出し、森の奥へ偵察に向かうことを決めた。


森の奥深くに足を踏み入れると、そこにはまるで何かが暴れた後のような痕跡が広がっていた。大きく引き裂かれた地面、根こそぎ倒された木々、そして深い爪痕が無数に残る岩。


「……なんだ、これ。」


その破壊の規模は、マコトがこれまでに見たどの魔物の仕業とも異なっていた。

地面には、小型や中型の魔物の死体が散乱しており、どれも先程と同じ様な傷跡が刻まれている。

魔物たちは、ここで何かに追い詰められ、次々と殺されたのだと直感する。


さらに奥へ進むと、地面に深々と刻まれた巨大な足跡を発見した。それは人間の数倍はあるような大きさで、圧倒的な重量が感じられる。


「……まさか、シャドウベヒーモス……?」


マコトの脳裏に、商人から聞いた話が蘇る。王国の辺境を壊滅させたという魔物。その恐ろしい力と凶暴性の片鱗が、この場に刻まれていた。


「奴が……近くにいるのか。」


スカウトに探らせながら、周囲の状況を細かく観察した。

一帯には魔物たちが一方的に蹂躙された痕跡が広がっている。


ふとした瞬間、マコトは背筋に冷たいものを感じた。遠くから木々がざわつく音が聞こえ、何かがこちらに近づいてくる気配がしたのだ。


「……やばい。引き返すぞ、スカウト!」


マコトはスカウトに撤退の指示を出し、足早に来た道を戻り始めた。

森の奥で遭遇する危険を避けるため、極力音を立てないよう慎重に進む。


「……奴が来るとしたら、今の戦力じゃどうしようもないかもしれない。」


村に戻りながら、マコトの胸には緊張と共に、新たな戦略を練る決意が芽生えていた。

シャドウベヒーモス――その名が、マコトの頭を離れなかった。

 

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