第5話 これが俺の切り札
マコトがロボットの改良を進めていたある日、村の井戸の周りに人々が集まっていた。
そこには村長の姿もあり、険しい顔で村人たちの話を聞いている。
「家畜がまた襲われたんです! 一昨日の夜に家畜小屋が壊されて、何匹も殺された……。」
「うちの畑も荒らされてたわ……何か大きな獣が通った跡みたいで。」
彼女は深刻な表情で、村長に向かって訴える。
「このままじゃ村の生活が成り立たなくなるわ! 一体どうするんですか、村長!」
村長は大きなため息をつきながら答えた。
「……分かっておる。恐らくは村の周囲に魔物の群れがいるのだろう。」
その言葉に村人達は皆、息を呑んだ。
「だが、この村にはまともに戦える者が少ない。王国の兵士を頼るにしても、この辺境までは来てくれる保証はないのだ……」
その言葉に、村人たちはさらに不安そうな顔を見せる。
マコトは、井戸の影から静かに様子を伺っていた。
(魔物が原因か……。)
数日前から森の奥でスカウトを動かしていた際に、何度か不気味な気配を感じていたのを思い出す。
その正体が分からなかったが、どうやらその魔物たちが村へ影響を及ぼしているらしい。
(……これは俺がやるべきだ。)
マコトは深呼吸をして気持ちを整え、人々が話し込む輪へと歩み寄った。
「俺が行きます。」
彼の言葉に、その場にいた全員が驚いて振り向く。
「……マコトさん?」
「冗談じゃないよ! 危険すぎる!あんたみたいな村に来たばかりの人が、どうやって魔物なんかを相手にするんだ!」
村人たちは口々に反対の声を上げたが、マコトは首を振った。
「俺には魔物を倒せる、ある手段があります。それを使えば、魔物を退治することもできるかもしれない。」
「……手段だと?」
村長が鋭い目でマコトを見つめた。
「はい。俺が作った、少し変わった道具です。あれを使えば、この被害を止められる可能性があります。」
「それは……信用できるものなのか?」
村長の疑念を払拭するため、マコトは冷静に答えた。
「試してみる価値はあると思います。このまま何もしなければ、村の被害はさらに広がるだけです。それに……俺も、この村に住まわせてもらっている以上、黙って見ているわけにはいきません。」
その真剣な言葉に、村長はしばらく考え込んでから、深く頷いた。
「分かった。だが、無理はするな。もしも危険を感じたらすぐに戻ってくるんだぞ。」
「ありがとうございます、村長。」
マコトは深く頭を下げ、家へと戻った。
村長に魔物被害の対処を申し出たマコトは三機の整備を終え、森へ向かう準備を整えていた。
小隊形式での出撃はこれで初めてとなるが、彼の表情に迷いはなかった。
「スピナーくん、クローラー、スカウト……頼むぞ。」
小隊を従えたマコトは、暗い森の中へと足を踏み入れた。
スカウトを先行させ、風の精霊を利用した超音波で周囲の探索を行う。空気の振動が森の奥まで伝わり、帰ってきた信号がマコトの装置に正確な位置を知らせた。
(やっぱりいた……。)
そこには、数十体の
その中心には一際巨大な
マコトは少し息を整え、三機に指示を出す。
「まずは小鬼を片付ける。みんな、それぞれの役割をしっかり頼む。」
超音波が発せられると、それをキャッチしたクローラーとスピナーくんが静かに動き出す。
それぞれの役割に従い、慎重に作戦を開始した。
スカウトは音もなく森の上層を移動し、眼下の魔物たちを監視していた。
目立たない形状と巧妙なカモフラージュ能力を活かし、その存在を気づかれることはなかった。
木の上から慎重に移動し一匹の小鬼に狙いを定めると、風の精霊を活用した高精度のピンポイント衝撃波を発射する。
頭部を狙った衝撃波は音もなく標的を地面に沈めた。
即座に別の枝へ移動し、次なる標的を探すスカウト。
高所からの狙撃が繰り返されるたびに、ゴブリンたちの数は着実に減少していく。
その一方で、地面に潜むクローラーは正面から突撃を仕掛けた。
小鬼たちの不意をつき、鋭い鉤爪を振り下ろして前線を混乱させる。
泥と草を跳ね上げながら進撃するクローラーは小鬼の短剣をものともせず、堅牢な装甲でそれを受け止める。
ガギィン!
金属が触れ合う甲高い音の後、小鬼の武器は無力化され、反撃の隙も与えないまま鉤爪が致命の一撃を加える。
しかもクローラーは火の精霊を使った小型の火炎放射を備えていた。
数体の小鬼が群がると、それを一掃するように火炎を撒き散らす。
炎の帯が視界を赤く染め、小鬼たちの悲鳴が響き渡った。
その間スピナーくんはその俊敏な機動力を活かして敵の隊列をかき乱していた。
軽快な動きで魔物の視線を引きつけながら、脚先に付与した土の精霊の力で地面を抉り、小鬼たちを次々転倒させていく。
さらに混乱する敵に向け加速し、鋭い脚先をゴブリンの急所に叩き込む。
彼らの動きはで正確で無慈悲だった。
跳ね上がり、敵の背後に回り込み、一撃で仕留める――
ゴブリンたちはどんどん数を減らしていった。
残されたのは、集団を率いていた中型魔物・
その存在感は圧倒的だった。
全身を覆う分厚い筋肉と棍棒を振るうその威圧感は小鬼とはまったく異なる威圧感を放っている。
「グルルル……!」
角豚の唸り声が響くと、スピナーくんたちがそれぞれの位置に動き出した。
超音波で指示を受けオークを取り囲むように展開する。
クローラーが先陣を切り、オークの懐に突っ込む。鋭い鉤爪がオークの足元を狙うが――
奴はそれを見事に棍棒で弾き返した。
衝撃に耐えたクローラーはすぐに態勢を整え、再び挑みかかる。
今度は火炎放射を使用し、オークを後退させることに成功したが、大きなダメージを与えるには至らない。
高所からスカウトが風の精霊による高出力衝撃波を発射。オークの肩に命中したが、分厚い皮膚はそれをほとんど通さない。
(やっぱり……通常攻撃じゃ効かないのか。)
――様々な連携を試したが、棍棒を振り回す敵の攻撃が激しく、どの機体も致命打を与えられない。
「……仕方ない、こうなったら奥の手だ!」
マコトは息を整え、森の奥へと走った。
いつか来る日のために密かに作り上げた切り札。
全身を蒸気駆動で強化し、精霊の力を補助に用いた外骨格型簡易パワードスーツ。
スーツを装着し蒸気エンジンを起動すると、シュウシュウという音とともに内部の機構が動き始める。
腕のパーツを握り締めると、力がみなぎる感覚が広がった。
「待たせたな……これで決着をつける!」
角豚に向かってゆっくりと一歩ずつ歩み寄る。
その巨体は赤い瞳をぎらつかせ、棍棒を思い切り振りかぶる。
巨大な一撃がマコトを狙って振り下ろされた。
「くっ……!」
咄嗟にスーツの左腕を盾代わりに掲げ、棍棒を受け止めた。金属製のアームと木製の棍棒がぶつかり合う衝撃が全身を襲う。
だが、スーツの補強材がその衝撃を和らげた。
「これならいける!」
棍棒を弾き返し、空いた隙に右拳を放つ。拳は敵の脇腹に直撃し、鈍い音が響く。
「ガァァァァッ!」
オークが痛みを堪えるように後退する。
その巨体がぐらりと揺れるがすぐに態勢を立て直し、再びマコトに向かって突進してきた。
「やらせるか!こっちからいくぞ!」
マコトはスーツの脚部をフル稼働させ、蒸気の力で一気に前進。オークに正面からタックルを仕掛けた。
肩口を叩きつける形でぶつかり合い、その衝撃でオークがさらに数歩後退する。
「グルァァッッ!!!」
角豚は咆哮し、再び棍棒を振り上げた。
だが、マコトは前のめりになるオークの動きを見極め、スーツの膝を使って胴体に打撃を与えた。
「これでも食らえ!」
膝蹴りがオークの腹部に直撃し、その衝撃で棍棒の振り下ろしが僅かにずれる。
その隙を見逃さず、マコトはさらに右肘を繰り出し、オークの胸元に打ち込む。
「グガァァァ!」
オークの巨体がよろめきながらも踏みとどまり、今度は左手の平手打ちを繰り出してきた。
「やばっ……!」
マコトは間一髪でかわし、スーツの力を活かして素早く後退。地面を蹴って距離を取った。
「攻め続けないと、押し切られる……!」
マコトは再び前進し、オークの下半身を狙う。
スーツの両腕を振りかざし、連続で殴りかかる。左、右、左――脚や腰に次々と拳を叩き込む。
「おりゃああ!」
蒸気エンジンが鳴り響き、スーツの拳がオークの分厚い皮膚を何度も打ち据える。
その度に鈍い衝撃音が森に響き渡った。
だが、オークも黙ってはいない。強烈な蹴りを放ち、マコトの胸元に直撃させた。
「ぐっ……!」
マコトの体がスーツごと後方に吹き飛ばされ、地面を転がる。急いで体勢を整えるが、オークが追撃の棍棒を振り下ろしてくる。
「これ以上やらせるか!」
マコトは右腕で棍棒を受け止め、左拳をオークの顎に突き上げる。拳が命中し、オークが一瞬動きを止めた。
「今だ……!」
スーツの脚部に力を込め、跳躍して角豚の顔面に膝を叩き込む。
流石の角豚もバランスを崩し、巨体がぐらりと揺れる。
(ここしかない……これで終わらせる!)
マコトはスーツ内部の蒸気圧を最大まで引き上げ、風と火の精霊の力を右腕に集中させた。
「……いける、いけるはずだ!」
(ここしかない……これで終わらせる!)
マコトはスーツの内部に意識を集中した。
風と火、そして蒸気――それぞれの力を可能な限り引き出し、一つに統合する手段。
それは、これまで何度も失敗を繰り返してようやく辿り着いた技術だった。
「……やるしかない!」
背部の動力炉が唸りを上げ、スーツ全体にエネルギーが行き渡る。
通常では安定性を優先して制御されている精霊の力を、蒸気の圧力を一時的に限界まで高めることで一気に解放する。
「
圧縮された蒸気と精霊の力が腕部に集まり始める。
火の精霊が灼熱の炎を生み出し、風の精霊がそれをさらに包み込む。
そして蒸気の圧力が全てを押し上げ、拳が紅蓮の光を放ち始めた。
「うおおおおおおおおっ!!」
マコトはスーツの限界を超えた力を使い、オークの攻撃をかわしながら一気に懐へ飛び込む。
そして拳を握りしめ、振り下ろされる手斧をタイミング良く弾き飛ばした。
オークの体勢が崩れた瞬間、マコトは全身を使って拳を振り抜いた。
その一撃がオークの顔面をかすめ、巨体がぐらりと揺れる。
「これで終わりだ……!!」
拳に全ての力を込め、火と風、蒸気の三位一体が生む膨大なエネルギーが拳に集中する。腕部が一瞬白熱化し、蒸気の噴射音が周囲に轟いた。
「燃え尽きろ――ジェェェェェットナァァァァックルゥゥゥ!!」
マコトの渾身の叫びと共に、拳がオークの胸部へと突き刺さる。衝撃が炸裂し、蒸気の圧力と炎が一体となってオークの肉体を貫くように叩き込まれた。
「グァァァァァ……ッ!」
その巨体が後方に吹き飛び、大地に叩きつけられる。その衝撃で周囲の木々が揺れ、大地に小さなクレーターができた。
マコトは荒い息をつきながら拳を下ろし、地面に横たわる角豚を見つめた。
紅蓮の光を纏っていた拳が徐々にその輝きを失い、静かに元の形に戻る。
「……やった、倒した……。」
全身が疲労に包まれ、スーツが軋む音を上げている。
だが、マコトの顔には充実感と安堵が浮かんでいた。
スピナーくんたちが駆け寄り、マコトの周りを囲む。
小隊のロボットたちが無事であることを確認し、マコトは微笑んだ。
「ありがとう……みんな。本当に……助かったよ。」
村への帰路を歩きながら、マコトは戦いを振り返っていた。
(あの出力……今後使いすぎるのは危険だな。)
精霊の力は本来、それほど強大ではない。
それを120%以上引き出すために考えたのが、「蒸気圧による力の増幅」だった。
蒸気の力を利用して精霊の力を効率よく一時的に高める技術。
だが、それには代償があった。使用中はスーツにかかる負担が大きく、長時間の使用は致命的な故障を招く恐れがある。
「まだまだ改良の余地がある……けど、今回の戦いでは最高の形で決められた。」
マコトは静かに呟きながら、仲間のロボットたちとともに村へ向かって歩き出す。
その背中には、新たな戦いへの決意が刻まれていた。
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